2005年06月30日

『砂の器』デジタルリマスター版

この映画が公開されたのは、僕が生まれた1974(昭和49)年だ。僕はこの映画を観るために生まれてきたのかもしれない。 
 
松竹マークが映し出され、映画が始まる。始まってすぐに気付く。なんだこの映画の厚みは。丹波さんが駅前の定食屋で食べてる安っぽいご飯すらもとても美味しそうに見える。すべてに魂がこもっている。うん? そんな言葉でいいのか。とにかく始まってすぐに感じる映画の完成度の高さには度肝を抜かれる。同時に、僕が大学時代に習った先生(川又昂キャメラマンら)は松竹の出身の方が多かったのもあるのだろう、作品の雰囲気がとても心地よい。スッと物語に入っていける。その後のあまりにも有名な展開についてはここに記すまでもないだろう。 
 
思うに、文明は時の流れに比例して進化していく。しかし文化は必ずしもそうではないのだ。芸術においては刀と陶芸と人形はすでに完成されたものだと言われる。映画についてもそうなのかもしれない。もちろん、メカニカルな部分では進化はするだろう。しかし監督による演出については、もう充分に完成されていると思えてならないのである。 
『砂の器』を観終えて、一瞬だけ、もう監督を続けていくのが嫌になった。これを超える映画ができるのだろうか……。そうだ、僕は「女性を描く」ことにはちょっとだけ自信がある(かな)。この点だけだったら、少しは張り合えるかもしれない。主人公の浮気相手の高木理恵子(島田陽子)の描き方だけはどうにも安直だったので


posted by 山崎達璽 at 00:00| 映画レヴュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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