2005年10月31日

『蝉しぐれ』の愛し方

昨日、お台場シネマメディアージュで再び『蝉しぐれ』を観た。これで映画の愛し方が6まで行った訳だ。次はDVDが発売されるまで、なかなかこの作品について語る機会はなさそうなので、最後にこれには感服した!と言うところについて書いてみたい。 
 
ラストの文四郎がおふくに会いに行くところである。おふくが万感の思いを託して書いた文四郎への手紙の描写。 
 
原作では以下のようにある。 
「……このたび白蓮院の尼になると心を決め、この秋に髪をおろすことにした。しかしながら今生に残るいささかの未練に動かされて、あなたさまにお目にかかる折りもがなと、箕浦まで来ている。お目にかかればこの上の喜びはないが、無理にとねがうものではない。万一の幸運をたのんでこの手紙をとどけさせると文言は閉じられ、文四郎様まいると書いてあった。……」 
つまり文四郎視点で手紙の内容が要約されている。 
 
映画では、以下のようにおふくのナレーションが入る。 
「一筆申し上げ候。私、この秋白蓮院に入り尼に成ることと相決め申し候。さりながら、今生の未練と存じ候へども、貴方さまに一度お会ひ致したく本日箕浦にまかり越し候。もしお目もじかなひ候はば、無上の喜びにて候へども決して無理申す儀にてはこれなく候。万が一つの幸ひを頼みに、この文参らせ候。ふく。文四郎さままゐる」 
 
この映画としての脚色は実に見事ではないか。要約として書かれた手紙を“復元”しているわけだが、なかなかここまでの名文は書けまい。感服しました。


posted by 山崎達璽 at 00:00| 映画レヴュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。