2005年11月29日

女性の声

GARNET CROWのベストアルバムが出た。熱烈なファンということではないが、以前からゆるーく好きだ。あのけだるい声がたまらなくいい。 
思えば僕は女性の声に結構魅力を感じる。けだるい声もそうだが、低い声もすきだ。なんかの雑誌で小宮悦子の声を引き合いに出して、低い声は自立した女性の特徴だそうだ。黒木瞳の声なんかもいいね。
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2005年11月23日

携帯で

051123.jpg携帯で 
頭のてっぺん 
撮ってみる 
 
 
(日本文芸社刊『毛髪川柳』より)
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2005年11月22日

インフルエンザを打ったら

昨日インフルエンザを打った。その夜からのどが痛い。今朝目覚めたら、鼻も出る。風邪を引いてしまった。
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2005年11月21日

格好いい50代

昨日の情熱大陸は永ちゃんだった。御年56。うちの父は57。ほぼ同い年。しかし、永ちゃん格好いい。何をやっても何も言っても絵になる。タバコは20年前にやめ、ツアーの準備段階から酒もやめる。35億円の借金は6年間で完済。そのストイックさには惚れ惚れする。永ちゃんはめいっぱいカッコつけてると思う。でもそのカッコつけているのが格好いいんだ。 
 
先日『まだまだあぶない刑事』を観た。往年のファンのみを徹底的に意識した作り。秀作の一つだ。舘ひろしは55歳。柴田恭兵は54歳。二人もカッコつけすぎだ。 
 
みんな格好良すぎだ。
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2005年11月15日

奉祝

日本国民の一人として、黒田さんと紀宮内親王殿下のご結婚を心よりお祝い申し上げます。 
黒田さんのユーモラスでちょっと照れた、そして懇切丁寧に答えられる記者会見が楽しみです。
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2005年11月10日

最近

自分の存在がどんどんちっぽけなものになってるように感じます。
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2005年11月06日

極めて弔辞に近い送る言葉

祖父を送りに静岡に行ってきた。4日が通夜で、5日が本葬。 
 
4日に通夜会場に着くなり、母から「弔辞を頼む」と言われた。えっ? フツウ親族はやらないでしょう。母が言うにはごく親しい親族しかいないこぢんまりとした式だからやってくれとのこと。喪主の叔父からも頼まれたが、原理原則を通したい僕は頑なに拒んだ。 
その夜、深夜に叔父から電話が掛かってきた。「弔辞はやめる。ただし親父が一番喜ぶことをやってあげたい。孫それぞれの自由意志でいいから、是非送る言葉と言う形でやってくれないか」と丁寧に説得された。孫は、僕が初孫で、弟、従姉弟の計4人だ。叔父はこの夜、それぞれに電話をして一本釣りをしたようだ(いかん、言葉が悪いなあ)。でも叔父の気持ちはよく分かった。僕も断る理由がなくなり、思い切って受けることにした。さあ、それからが大変である。やるなら徹底的にやろう。ホテルの便箋を使って文章を考え、1:30近くまで推敲を重ねた。ここまで来ると完全に弔辞のレベルだ。でもいい。僕は挨拶は好きだ。祖父が喜ぶなら頑張ろう。 
 
5日の本葬。読経が終わり、いよいよ孫4人が呼ばれた。遺影を前に並んだ。当然、初孫である僕からである。スーツ(弟は礼服なのに、僕はコナカの安っぽい黒のシングルだ……)の胸ポケットからホテルの便箋に綴った、極めて弔辞に近い送る言葉を出し、朗々と読み上げた。最初はカッコつけていたのだが、遺影の祖父の顔を見るとそんなものぶっ飛んでしまって、言葉に詰まるようになった。最後は完全に涙声になってしまった……。 
 
滞りなく式も終わり、仮の初七日の法要を終えて帰路についた。 
こぢんまりとしていたが、いい葬式だったと思う。
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2005年11月02日

寡黙な人

さっき、静岡に住む母方の祖父が死んだ。 
末期ガンで、生きているのが不思議とまで言われていた。だから来るべきときが来たという感じで特別の思いはない。自分としては意識がはっきりしている頃に別れはしてきたつもりだ。だから悔いもない。 
 
祖父は養子で寡黙な人だった。たまにボソッと言う一言が毒舌で面白かったり、含蓄のある人生論だったり……。僕は初孫で、可愛がってもらった。 
 
祖父との忘れられない思い出がある。それは『ビルマの竪琴』(85)に連れて行ってもらったときのこと。終盤で、日本軍の捕虜が解放されて行進するシーンで、祖父が「おじいちゃんたちもこうやって帰ってきたんだよ」と耳元で言った。意外に大きな声だった。その時、祖父がどんな顔をしていたのか分からないが、おそらくじーんと来ていたんだろう。確か、祖父はフィリピン沖かどっかで潜水艦が撃沈されて米軍の捕虜になっていたのだ。生涯、ほとんど戦争について語ることのない祖父が唯一僕に語った体験談だった。
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