2006年12月31日

今年観た映画など……

まずは今年映画館で観た映画をまとめてみた。 
 
○松竹 
花よりもなほ  
出口のない海 
地下鉄(メトロ)に乗って ○ 
武士の一分 
 
○東宝 
THE有頂天ホテル  
サイレンFORBIDDEN SIREN 
LIMIT OF LOVE 海猿 ×× 
TRICK―劇場版2― 
日本沈没 
ゲド戦記 ×× 
シュガー&スパイス 風味絶佳 ○ 
涙そうそう 
7月24日通りのクリスマス × 
犬神家の一族 
 
○東映 
ただ、君を愛してる 
 
○角川ヘラルド 
寝ずの番 ○ 
時をかける少女 ○ 
 
○その他 
博士の愛した数式 ○ 
憂國 ◎◎ 
ヨコハマメリー ◎ 
初恋 
ゆれる ◎◎ 
特集上映「溝口健二の世界」 ◎ 
パビリオン山椒魚 × 
フラガール 
手紙 ◎ 
シルバー假面 
 
○外国映画 
Mr.&Mrs.スミス 
ホテル・ルワンダ 
フライトプラン ×× 
ミュンヘン 
プロデューサーズ 
グッドナイト&グッドラック ○ 
ダ・ヴィンチ・コード 
奇跡の夏 
太陽 ◎ 
愛と死の間(はざま)で 
ユナイテッド93 ○ 
グエムル 漢江(ハンガン)の怪物 ××× 
ワールド・トレード・センター 
父親たちの星条旗 
トゥモロー・ワールド ◎◎ 
めぐみ 引き裂かれた家族の30年 
敬愛なるベートーヴェン ○ 
 
 
さて、今年を振り返ると…… 
春先はようやくトンネルを抜け、そして一青窈のライヴに感動。 
初夏は弟が市議会議員に当選。 
ここ数年にわたって準備を進めてきた新作が盛夏にぽしゃる(ぽしゃりかける)。 
秋にかけては我が中日ドラゴンズのリーグ優勝に盛り上がり、日本シリーズの完敗と節操のない小笠原の読売への移籍で一気に野球熱も冷める。 
忘れちゃいけない、9/6は悠仁親王殿下の御降誕に歓喜。 
冬になって、新作の望みがつながり、怒濤の日々。 
来年こそは悲願の新作を撮るぞ! 
 
皆様、本年は大変お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。どうぞよいお年をお迎え下さい。
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2006年12月30日

Jazztronikの新譜

1230.jpgJazztronikの新譜『Love Tribe』を買った。ポニーキャニオンに移籍後の最初のアルバムである。発売は1/1だが、もう店頭に並んでいた。数寄屋橋のHMVで買ったのだが、ループで流されるぐらいの力の入れよう。まだ聴き込んでいないのだが、Monday満ちるが歌う「Tiger Eyes」の英語版なんてたまらない。明日はあえてこだまで小田原から名古屋に帰ることにしたから、心ゆくまで堪能しよう。
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2006年12月29日

『犬神家の一族』

久々に映画を観た。今ひとつ不入りという『犬神家の一族』のリメイク版だ。 
 
富司純子、松坂慶子、萬田久子の三女優の熱演はなかなかのもの。 
そして今を時めく音羽屋(父:尾上菊五郎、母:富司純子、姉:寺島しのぶ)の御曹司・尾上菊之助が圧巻。歌舞伎で言うところの「口跡(こうせき)」、一般的に言うと台詞術と声色が非常にいい。歌舞伎では老若男女様々な役を演じるので、この口跡に長けていなければならない。佐清と静馬の二役を演じる菊之助は、顔は覆面で見えないものの、彼の持ち前の口跡の良さで、「声」で巧みに演じ分けている。
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2006年12月28日

アヤパン

めざましテレビの終わり頃の星座占いのコーナーで、今日の最下位を言うとき、アヤパンは「ごめんなさい」とまず言う。ボクは毎度思う、「うんうん。アヤパンは悪くないよ」と。あのコーナーのバックに映るアヤパンのコスプレがまたハンパなく可愛い。
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2006年12月25日

巣立ち

1225.jpg5羽生まれたウサギのうち、4羽が里子に出ていった。画像は残った母親(小町)と娘(小梅・仮称)。
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2006年12月24日

最高のクリスマス・プレゼント

今日、中学生の時から、自分が将来監督になったら絶対この人に撮ってもらいたいとあこがれ続けたカメラマンとロケハンに行った。これ以上にない至福の時を過ごした。最高のクリスマス・プレゼントだ。
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2006年12月23日

『シルバー假面』

実相寺監督の遺作『シルバー假面』の初日に行く。ものすごい動員である。これだけの特撮ファンが殺到するなんて、まさに実相寺さんの底知れぬパワーを目の当たりにした。そしてこの作品もまた往年の特撮ものに森鴎外を綯い交ぜにするなんて、そんなマニアックな世界観が素敵だ。
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2006年12月21日

心地よい忙しさ

年末にこんなに忙しくなることは久々だ。さすがにちょっと疲れた。でも今回はともて心地よい忙しさだ。実現に向けて一筋の光明が見えた。
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2006年12月19日

年賀状は出さない。

先日得難い友人と書いた竹柴潤一こと永井潤であるが、彼は折に触れて手書きのハガキをくれる。巡業中だと、その土地の絵ハガキだったり。携帯のメールで連絡を取り合ってはいるものの、これはと言うときは手書きのハガキだ。何というか、本当に親しき仲にも礼儀ありと言うことなのだろう。それに対してメールで返事をするボクは実に無粋で欠礼だ。これからはボクも彼のように手書きのハガキを出してみようと思うのだが……。  
さて、今は年賀状シーズンである。ここ数年ボクは一切年賀状を出していない。喪中だったこともあったのだが、深く考えれば考えるほどどうにも嫌になってしまったのだ。かつて「虚礼廃止」なんて言葉もあったが、やはり年賀状なんてと思ってしまう。確かにめったに会わない人から近況報告を含めた年賀状が来ると嬉しいものだ。それは否定しない。でも大部分はどうせ直ぐ会う人間だし、あとは儀礼的なもの、印刷しただけのものだったり。だいたい書いてるのは“旧年中”じゃないか(だからつい「よいお年を」なんて書いてしまう人がいるのだろう)。それから“後出し”したりされたりするとどうも気分が悪かったり。第一お金が掛かる。出すべき人をカウントし出すと結構な金額である。まあグダグダ言ってもらちがあかないのだが……。来年は喪中ではないのだが、無粋で欠礼を百も承知でやはりボクは出さない。
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2006年12月18日

イヴ

今年のイヴはロケハンだ。
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2006年12月17日

フレア

ボクが高2の時、ブーツカットやベルボトムなどの“フレア・パンツ”が流行った。流行ったというか、厳密にはパンタロンのリバイバルである。 
当時、ボクの周辺ではスリム(しかもケミカル・ウォッシュ)が基本で、ストレートはバカにされる風潮があった。風潮とは言ってもボクはそれがださくて、一貫してリーバイスのストレートを履いていたのだが……。 
まあそれはいいとしても、とにかくそんな中でのフレア・パンツはとてつもなく新鮮だった。高2のボクは、とても気に入って、リーバイスのブーツカット(517)とかベルボトム(番号は忘れたがビッグベルというヤツ)なんかを買いあさった。 
その頃以来、フレアパンツは確固たる地位を築いて、今やケミカルのスリムなんて雑巾ぐらいの扱いであろう。ボクは大学2年ぐらいまで履いていたが、それ以降何となく履かなくなった。 
時は流れて、最近なぜか無性にフレアパンツが履きたくなった。10年振り、30歳を過ぎてしまったが、やっぱいいものはいい。なんてたって足の長さと身長をごまかせる。……ような気がするだけか。
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2006年12月16日

終始聞き手に。

だいたいボクは聞き上手ではない。相づちは下手だし、自分が喋りたくてしょうがない人間だから。 
そんなボクが、たぶん同年代で唯一、終始聞き手に回る相手がいる。歌舞伎の狂言作者の竹柴潤一こと永井潤である。彼とは大学と大学院の同期で、学部は違うのだが、お互い「歌舞伎・舞踊研究会」に入っていたこともあってずっと親しくしている。 
昨日、そんな彼と久々に会った。酒を飲みながらじっくり話すのは、6年ぶりぐらいじゃないだろうか。3時間ぐらい、たっぷり歌舞伎の話を聞かせてもらった。彼は歌舞伎界の裏方のど真ん中にいる人間だ。すべての話が面白くてしょうがない。彼の独演会と言ってしまえばそうかもしれないが、いやいや、楽しく楽しくて。 
つくづくボクは友人に恵まれていると思う。彼もまた、得難い友人の一人だ。
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2006年12月15日

高麗屋のエッセイ

「本当に古いものがわかる人は、新しいものもわかる」 
 
東京新聞にあった松本幸四郎丈のエッセイより。なるほど。
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2006年12月14日

VHSの色即是空

最近すっかりVHSを使わなくなった。かさばるし、耐久性がない。だから、VHSに録画した作品はDVDを新たに買うか、DVDにコピーしたりしている。 
そんな話をしていたら、「私はVHSが好きです」と言う人がいた。ボクが「かさばる」と言ったのを彼女は「重みがある」と言う。なるほど。そしてザラザラ感とだんだん劣化していくのがいいとも。なるほど。確かにそれも一理ある。デジタル(DVD)のギンギンのギザギザ感より、アナログ(VHS)のザラザラ感やぼんやり感の方が、時に作品を美しく見せるものである。第一、DVDっていつまで保つのだろう。ブルーレイやらのDVDの上を行くメディアもどんどん登場している。病的なコレクターのボクが言うのも本末転倒だが、自分の死後の永久保存なんてどこまで意味があるのだろうか。彼女のVHS好きはたぶん色即是空の思想に根ざしているのだろう。
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2006年12月13日

人間力

最近、やっと人間力を取り戻してきたと思う。 
ヒトの細胞は二年で全て入れ替わるとか。
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2006年12月12日

『武士の一分』

『武士の一分』を観た。木村拓哉は頑張っていた。頑張ってはいたが、木村拓哉はどこまでもキムタクだ。だから山田洋次がこの藤沢周平三部作で追求してきた徹底したリアリズムにどうもはまらない。東北弁で「しぇんしぇい」なんて言うと思わず笑ってしまう。『2046』のときのようなダメ・エロ作家は抜群に合うのに。 
 
「めくら」を盲人と言い換えたのにはがっかりであった。
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2006年12月11日

『敬愛なるベートーヴェン』

今日は朝から体調が今ひとつで、『武士の一分』を観ようとしたもののまるでいい評判を聞かない映画を観る気も起こらず、期待大の『敬愛なるベートーヴェン』を観た。 
歴史ミステリー、芸術家、男と女とボクの好きな要素がすべて詰め込まれていて、いやはや、素晴らしい!! 
ベートーヴェンと言えば真っ先に思い浮かぶのが、ゲイリー・オールドマンの『不滅の恋 ベートーヴェン』(94)。ゲイリー・オールドマンのベートーヴェンが忘れられなくて、今回のエド・ハリスはちょっと物足りない。何というか、ただのブヨブヨで格好良くない。偉大なる芸術家は男前であって欲しいのだ。 
それはさておき、圧巻は『第九』の初演シーン。難聴のベートーヴェンの指揮を、彼のコピスト(写譜師)となった作曲家志望の女性アンナが影の指揮者となってサポートする。これが実に色っぽい。物の本によると、クラシック音楽は、当時の観客はそこに性的興奮を覚えていたという。まさにそれ。文章ではどうにも表現できないのだが、この『第九』は性行為そのもの。興奮した。 
惜しむらくは前半ウトウトしてしまった。これはもう一度観なくてはならない。
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2006年12月10日

微妙と言う……

1210q.jpg前にも書いたが「微妙」と言う言い方が嫌いだ。 
 
画像はスーパーのレジでよく見かける光景である。電球の上のカボチャ。行き場のない思い。これを微妙と言うのだろう
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2006年12月09日

余韻をぶった切る

映画が終わって、お芝居が終わって、コンサートが終わって、 
「余韻に浸りたい」 
観客は、しばし、その感動が幽かに残る心地よさに身を委ねていたいものである。それが表現の発信者にとって、また受け手にとっても常道だと思っていたのだが、ものの見事に裏切られたことがあった。 
今年7月の歌舞伎座・夜の部、坂東玉三郎の監修による、泉鏡花の『山吹』である。鏡花独特の耽美主義をもって描かれる夢と現の狭間の話なのだが、とにかく難解で退屈。さんざん夢幻の世界を見せられた挙げ句、幕切れで主人公の画家は次のように言い放つ。 
「うむ、魔界かな。これははてな、夢か、いや、現実だ。ええ、俺の身も、俺の名も棄てようか……いや、仕事がある!」 
えっ、仕事って……客席は茫然自失。そして笑いに包まれる。なんだこれは? 主人公自らが余韻をぶった切ったではないか? 僕はまったくもって理解不能だった。 
そして先日の憂国忌で、村松英子が三島由紀夫先生の戯曲『薔薇と海賊』の公開読み合わせを披露した。 
「僕たちは夢を見ているんではないだろうね」と問う青年に女主人公は次のように答える。「私は決して夢なんぞ見たことはありません(そして幕)」 
彼女がもっとも好きだという幕切れの台詞である。 
これを聞いたとき、僕は真っ先に『山吹』の幕切れを思い出した(三島先生は『山吹』を絶賛している)。余韻のぶった切りである。こういう演出方法が世の中には存在するのである。例えば以前武道館で観た椎名林檎のコンサートで、彼女は幕切れでマイクをボトッと落として舞台袖に消えた。 
うーん、つらつら書いてみたのだが、どうも今の僕にはその魅力が分からないのだ。 
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2006年12月08日

寅さんにはフラッシュバックがない

11/24に映像演出のフラッシュバックの手法についてうんちくをたれたのだが、今日BSの番組を観ていてハッとさせられたことがあった。 
「寅さんにはフラッシュバックがない」 
柴又に帰ってきた寅さんが、食卓を囲む家族たちの前で、旅先でどんな経験をしてきたかを、まるで落語家や浪曲師のような話芸で生き生きと延々と語るシーンがある。ファンはこれを「寅のアリア」を呼ぶらしいのだが、ここにフラッシュバックの映像の挿入はない。寅さんや家族の表情だけで、観客自身が回想したり想像したりして映像を作り出していくのだ。山田監督の演出と渥美さんの演技の巧みさがそれを可能にする。映画って素晴らしい。
posted by 山崎達璽 at 00:00| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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