2006年12月03日

出発点に立ち会えた幸せ

11/24の歌舞伎見物の続きを書こうと思う。 
 
新橋演舞場の花形歌舞伎の演目が発表されたとき、多くの歌舞伎ファンに衝撃が走った。 
「市川猿之助指導 義経千本桜 河連法眼館 市川海老蔵宙乗り狐六法相勤め申し候」 
これは正に驚天動地。ボクは誤植かと思ってしまったほどだ。どういうことか? 俗っぽく言うと、歌舞伎の宗家の御曹司が、歌舞伎の異端児の型を習って芝居を打つと言うことである。歌舞伎界の筋から言っても異例中の異例だし、かつて猿之助丈と先代團十郎(海老蔵の祖父)とはすったもんだがあって、数年前まで猿之助丈は團十郎家に対して出入り禁止状態だったのである。 
そしてこのお芝居、通称「四ノ切」は、六代目菊五郎が作り上げた「音羽屋型」がポピュラーである。精神性を強調した演じ方で、「本流」ととらえる人も多い。それとは別に「三世猿之助型」というのがあり、こちらは江戸のケレン味あふれる「澤瀉屋型」をベースに、現・猿之助丈が「音羽屋型」の精神性をブレンドして作り上げた究極の演じ方である。大変な人気はあるし、ボク自身も最高傑作と思うのだが、これは「亜流」だと揶揄する人もいる。実際、この型で演じるのは猿之助丈の愛弟子である市川右近丈だけである。本来、芸には発展途上の優劣はあるにせよ、そこに貴賤はないはずだ。しかしそこをどうこう言うのが歌舞伎の世界の因習である。 
そんなバックグラウンドがあって、この「猿之助指導」は衝撃だったのである。 
海老蔵は素晴らしい。あの生意気さも含めて彼の魅力だ。将来の歌舞伎界を背負って立つことは間違いないし、そうあって欲しい。なるほど、只今尖りまくりの海老蔵が、昔尖りまくっていた猿之助丈に教えを請うというのもうなずける。それを受けた猿之助丈とそれを許した團十郎丈の度量はさすがだ。 
 
さてさて、海老蔵の狐忠信だが、まあはっきり言って上手くない。失笑してしまうところが多々。しかし、そんなのは当たり前である。猿之助丈が生涯を掛けて作り上げてきた型をすぐさま出来るはずがない。そんなことは彼も観客もよく分かっている。海老蔵がこれに挑戦したことが素晴らしいのである。後の後まで語り種になることは間違いない。彼は今回の経験を元に「海老蔵型」を創造していくのだろう。その出発点の立ち会えたボクは幸せだ。


posted by 山崎達璽 at 00:00| 観劇記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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