2010年02月21日

古墳に恋して(仮)・序開き

現在サイトを微リニューアル中で、「横顔(PROFILE)」のページにある<贔屓(MY FAVORITE)>を整理して、こちらの「筆遊(ESSAY)」に統合している。
まずは「探求:古墳」についてカテゴライズしようと思う。とりあえずの名称を「古墳愛」としてみたが、今ひとつだなあ。果たしてちゃんと続くかどうかは分からないが、今後回を重ねていくうちに方向性が見えて、いい名称も浮かぶであろう。

さて、その古墳愛の序開き(第0回)。僕は古墳に異常なほどの愛がある。それは興味や好奇心ではなく、やはり愛なのだ。
“古墳を思えば泣ける”……なぜ泣けるかは次回以降に書くとして、今回はその起源を探ってみたい。
僕の古墳愛体験は小学校の修学旅行に始まる。1986(昭和61)年春である。奈良・吉野方面だったのが、最初にバスを降りたのが「崇神天皇陵」であった。考古学的には「行燈山古墳」と呼ばれる全長242mの巨大な前方後円墳である。予習をしていたのでそれが何かはよく分かっていたが、僕の頭にあるのは空撮した鳥瞰図であって、地上からの眺めはかなり?だった。ほとんどの児童はあまり興味を持つこともなくバスに帰って行ったと思う。が、僕はただひたすらずっと眺めていた。鳥居があって参拝所が設えてあった。その一部がコンクリート製だったような気がするのだが、「現代の手がだいぶ加わっているのね」なんて可愛くないことを考えてみたり。ただそのスケールに圧倒されたのは事実だ。
続けて見学したのが「石舞台古墳」である。古墳ではあるが、玄室が完全に露出している状態である。蘇我馬子が被葬者と言われている。ここではこの玄室の中に入った。金銀財宝は残ってないんだとまた可愛くないことを思ってみたり、帰り際に足を滑らせたことははっきりと覚えているが、やはりそのスケールには圧倒されたのは事実。
この二つが僕の最初の古墳見学である。後々なぜこれが愛につながったのか、その理屈はよく分からない。そう、理屈じゃない、恋はするものじゃなく落ちるものだ。


posted by 山崎達璽 at 14:52| 古墳に恋して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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