2011年03月02日

写楽の魅力にとりつかれた人たちの系譜

3/4のトークではおそらく触れられない、ちょっと真面目な『宮城野』秘話を書いておこう。

1957(昭和32)年頃のこと、とあるバーで、劇作家の矢代静一は映画監督の川島雄三と出会う。
『幕末太陽傳』などを観た矢代は、「(これからの)本格的喜劇映画は川島の手によって作られるのではないか」と川島を高く評価していた。
ある日、川島が「写楽を書いてみないか」と矢代を誘った。矢代はどんな喜劇にするつもりかと聞いたところ、「喜劇なんかになるものか」と川島はそっぽを向いてしまい、この話はそれで終わったとか……。
川島のこの思いは『寛政太陽傳』という企画になったが実現せぬまま亡くなり、その後はフランキー堺が受け継ぎ、1995(平成7)年に『写楽』(篠田正浩監督)として結実する。

一方、矢代は、1966(昭和41)年、本屋で手にした画集に「中山富三郎の宮城野」を目にする。「宮城野は私に向かって、何か雄弁に語りかけている」とその絵に触発され、戯曲『宮城野』を書き、やがて『写楽考』が生まれる。

矢代曰く、「写楽なる人物は、魔性というべき一種独特な吸引力を持っていて、一度その魅力にとりつかれると、人は、写楽像を通して自分自身を語りたくなるのだ」と。また、「(写楽の正体が分からないままでいてくれれば)人は、安心して、自分の研究や好みに合わせて独自の写楽像を創り出す」とも。

こうしてみてみると、川島雄三、矢代静一、フランキー堺、篠田正浩……と名だたる文化人たちが写楽の魅力にとりつかれている(かの内田吐夢もまた写楽の映画化を望んでいたとか)。畏れ多くも、『宮城野』の映画化で、僕もその系譜の末席に身を置かせてもらっている訳だ。


posted by 山崎達璽 at 10:53| 映画『宮城野』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月01日のつぶやき

yamazakitatsuji たぶんここ五六年で一番髪が短くなった。風呂上がりなんて夏場のおすぎとピーコだ。 at 03/01 23:59

yamazakitatsuji 久々に『美しい隣人』。う〜ん、2〜7話のブランクはでかいわ。 at 03/01 22:14

yamazakitatsuji ドリフの歌舞伎コントは良くできてるなぁ。吉野山を熟知した上でお笑いに仕立ててる。こういうことなんだよなあ、古典の柔軟性や汎用性。 at 03/01 20:40

yamazakitatsuji 美容院終了〜。あ〜、もう本番まで3日か。映画なんて泣こうがわめこうが内容が変わるわけでもないのに、いつもいつもこう緊張するのかな。あとは映写環境とトーク内容に最善を尽くして精一杯のおもてなしをしよう。 at 03/01 20:09

yamazakitatsuji うちの事務所は「山崎達璽事務所」というのだが、焦ってると「山崎達事務所」と書いてしまう…… at 03/01 18:30

yamazakitatsuji よ〜し、美容院行くぞ〜。雨の日はイヤなんだけど、このタイミングを逃すわけにはいかぬ。 at 03/01 16:15

yamazakitatsuji 『2011年02月28日のつぶやき』映画監督 山崎達璽 「筆の遊(すさ)び」|http://tatsujidotnet.seesaa.net/article/188311147.html at 03/01 03:43
posted by 山崎達璽 at 00:01| Twitter | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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