2012年05月24日

カンヌ国際映画祭のホワイトカード

2012-05-24 08.24.55.jpgワイドショーを観ていたら、現在開催中のカンヌ国際映画祭が特集されていました。「カンヌは一生の憧れだなぁ」と思いつつ、ついつい13年前の思い出の品々を見てしまいました。
ただの自慢かもと思われるかも知れないし、過去の栄光にすがっていると言われるかも知れませんが、なんとなく自分の足跡を確かめたかったんです(^_^;)

写真は招待監督をはじめVIPしか許されないIDカードです(以下、1999年当時の事情)。
カンヌ国際映画祭は、21世紀の今もフランス階級社会の雰囲気が色濃く残るお祭りです。監督週間や批評家週間などのサテライト・イベントは別ですが、公式部門(長短編コンペ、ある視点、シネフォンダシオン)は入場制限があります。事前に登録してIDカードを持っていないとパレという巨大な映画祭会場には入れません。そして上映会場にはさらに招待券が必要なんです。
が、このホワイトのIDカードは別格で、どんなに行列があっても優先的に観ることが出来ます。監督をもてなすのがあのお祭りなんですね。
そんなお祭りですから、カンヌには魔物がいると思います。一生取​り憑いて離さないんです、たぶん。

posted by 山崎達璽 at 09:55| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月21日

金環日蝕を撮らまえる

IMG_1345.JPG鎌倉は3:30前ぐらいに土砂降り、その後小雨になり、7:25まではポツポツ降っていました。金環日蝕の最中も曇り空でしたが、時折、雲の絶え間から顔をのぞかせてくれました。残念ながら蝕の最大は撮らまえられませんでしたが、雲のおかげでフィルターが不要で、水墨画のような味わいが出たと思います。

Canon EOS Kiss X4/250mm/F11, 1/125秒/ISO 100

posted by 山崎達璽 at 10:48| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月20日

デジタル・リマスター 『楢山節考』 カンヌ国際映画祭ワールド・プレミア

昨日、現在開催中のカンヌ国際映画祭で木下惠介監督の『楢山節考』のデジタル・リマスター版がワールド・プレミアされたそうですね。いわゆる“木下版”は僕の大好きな映画の一本で、昨年、川喜多映画記念館でのフィルム上映ではその美しさに溜め息が出ました。

ところで、拙作『宮城野』について、篠田正浩監督の『心中天網島』(69)の影響をよく指摘されますが(もちろん影響は計り知れません)、最初に目指したのは木下版の『楢山節考』の方なんですよね。戯曲、それも二人の語り芝居の世界をどう表現するか? 美術監督の池谷仙克さんから最初に挙がったのは“木下版”の趣向でした。
・オールセットで太陽の光も人の手でコントロールする
・ある部分は徹底的に作り込むし、ある部分は徹底的に省略する
・歌舞伎や浮世絵で培われた表現方法を映像に持ち込む
……当時のノートにはこんなメモが書かれていました。池谷さん曰く「ドイツ表現主義に対して、これは日本表現主義だね」と。

池谷さんは、僕が中学の時に『帝都物語』を観て、自分が将来監督デビューする時には絶対この人に美術をやってもらおうと長年の憧れでした。夢叶っての『宮城野』の、フィレンツェでのワールド・プレミアでは一緒に舞台に立ったし、木下版『楢山節考』のジャパン・プレミアは是非一緒に行こうと思います。
posted by 山崎達璽 at 15:32| 映画『宮城野』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月12日

澤瀉屋のお練りのニュースについて思う

昨日の新聞にあったワイドショーの見出し「速報!ゆかりの浅草寺で香川照之スーパー襲名」に愕然としましたが、案の定、放送内容も?がたくさんでした。

そもそも澤瀉屋の当主は「猿之助」であって、この襲名のメインは亀治郎さんの猿之助襲名。愛らしい御曹司・團子クンを中心に取り上げるのなら、ワイドショーの性質上分からなくもないですが、香川さんの中車襲名はあくまでサブです。香川さんは分をわきまえていて、亀治郎さんを引き立たせようとしていたのは誰の目にも明らかだったと思います。

それから、四代目(よだいめ)を平気で「よんだいめ」と読むナレーション。松緑の襲名の時もよくありましたが、これはもはや国語の問題です。亀博の映像のナレーションでも幕間(まくあい)を「まくま」と読んでいたり……。

また、中車さんが演じる予定の『ヤマトタケル』の帝は、確かにとてもいい役ではありますが、決して「準主役」ではありません。

いやいや、お練りの映像を放映してくれただけ感謝しなければならないのかな(-_-)
posted by 山崎達璽 at 07:44| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月07日

スーパームーン

supermoon.JPG昨夜は、通常の満月より大きく明るい満月、“スーパームーン​”でした。
ふと思い出したのが、ベルナルド・ベルトルッチ監督作品『シェル​タリングスカイ』。公開当時、中学生の僕には内容はさっぱり分か​りませんでしたが、ラストシーンで原作者が登場してこんなナレー​ションが入りました。得も言われぬ感覚が今でも強烈に心に残って​います。

人は自分の死を予知できず、人生を尽きせぬ泉だと思う。
だが、物事はすべて数回起こるか起こらないかだ。
自分の人生を左右したと思えるほど大切な子供の頃の思い出も、 あと何回心に思い浮かべるか? せいぜい4、5回思い出すくらい​だ。
あと何回満月を眺めるか? せいぜい20回だろう。
だが、人は無限の機会があると思い込んでいる。


本気で撮った写真を載せます。いろいろな願いを込めて(^_^)
Canon EOS Kiss X4/250mm/F8,1/250秒/ISO 100

posted by 山崎達璽 at 09:33| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月05日

『椿説弓張月』四演目について思う

今朝の産経新聞に今月の『椿説弓張月』について、染五郎丈が「祖​父が三島さんと作り上げた作品」と言っていますが、果たしてどう​なんでしょう?
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/120505/ent12050507580008-n1.htm

初演時、出演俳優たちがたった数日の稽古の中、自分の引き出しだ​けで芝居を作り上げていく様に三島氏はひどく落胆したようなこと​を言っていたと聞きます。だからこそ氏は文楽上演を熱望していた​とか。

そして再演時は堂本正樹氏が『演劇界』の劇評でコテンパンに貶し​ています。
「フィナーレの『運天海浜宵宮の場』の幕切れの引っ張りの見得で​、(初演の)白鸚は弓を頭上一文字にかざし、手綱を絞った拳を胸​に持って来た。『橙々の見得』である。……折角白鸚が若い時発掘​した型が滅びるのは惜しいと、この幕切れに応用したのだ。すると​弓張月を兜の立て物にしたようで、独特の美しさだった。今回幸四​郎がこの型を踏襲しないのは、理解に苦しむ。
……この引っ込みが宙乗りでないのも、おかしい。当時は技術的に​実現出来なかったに過ぎず、『アラビヤン・ナイト』のルフ島でも​妥協した三島氏の夢が、可能となった今何故実行しないのか。猿之​助の後塵を拝するのは癪だでは、派閥意識である。この幕切れ程、​宙乗りの必然性のある場面はない」

滅びの美学のテーマを一貫させ、難解で破綻している全体像を分か​りやすく整理して筋を通し、さらに幕切れを宙乗りにした三演目は​いまだ僕の中で最高傑作です。
posted by 山崎達璽 at 09:58| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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