2012年07月29日

久方振り、「猿之助」の七月

2012-07-29 07.26.32.jpg七月の歌舞伎も中日を過ぎて、筋書きに舞台写真が入った頃。
開場時間のだいぶ前に東銀座に着く。
歌舞伎座はす向かいの「辨松」で赤飯弁当の一番安いのと冷たいお​茶を買う。
開場と同時に劇場に入り、さっそく舞台写真を選んで、一緒に筋書​きを買う。
三階席で「市川猿之助」と名のつく歌舞伎俳優の舞台を楽しむ。心​から楽しむ。

大学入学で上京してから2003(平成15)年まで、毎年七月はそんな過ご​し方をしてました。気付いたら、久々にそんな七月です。六月・七月の初日ばっかりは分不相応なお席で観ちゃいましたが(^_^)​v
昨夜も(猿翁さんの)久吉公は無事ご出馬されたそうです。いよいよ今日は千穐楽。これぞまさに大楽。久方振りの昼夜通し。「猿之助の七月」の大詰、しかとこの目に焼き付けてきます。


posted by 山崎達璽 at 07:36| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月08日

値千金、万両万々両の祝祭幕〜澤瀉屋襲名二月目の初日を観て〜

2012-07-08 17.03.21.jpgだいぶ時間が経ってようやく冷静になってきたので、澤瀉屋襲名二月目の初日の『楼門五三桐』について書いてみようと思います。

『黒塚』が終わって20分の幕間。この時点で15分前後押していたと思います。トイレから戻って1階の正面扉から入ると客席後部のカメラの数が尋常じゃない。猿翁さんの復帰の注目度はやはりすごいです。
心を落ち着かせて、いよいよ開幕。前夜の通し稽古の後に「左枝利家 段四郎」の役が追加されていたので、一体どんな内容になるのかと思っていたんですが、定式幕が開くと、そこには浅黄幕ではなく山門の遠見の幕が。いつもの大薩摩もなく、花道から、彌十郎・門之助・右近・猿弥・月乃助・弘太郎さんが登場。久吉家臣たちの渡り台詞。すっかり興奮状態だったので正確に覚えていませんが、“久吉が8年間行方不明。各所で目撃情報がある”といったクスリとする内容。いきなりのご馳走の登場に客席は拍手喝采。
6人が本舞台上手に引っ込むと、浅黄幕になり、切って落とされると海老蔵さんの石川五右衛門が登場。期待通りのスケール感。お馴染みの「絶景かな 絶景かな」から鷹が飛んでくる件は、観てるこちらが猿翁さんを待ちわびてるからか、ダイジェスト版だったと思います。
そして久吉の家臣・右忠太と左忠太が五右衛門に絡むのですが、これが猿三郎・欣弥さんという澤瀉屋一門の名脇役。またまたご馳走。
そして山門がセリ上がり、前セリが上がりはじまるとこちらの緊張も頂点。もう、直視できなかった気がします。待ちに待った猿翁さんの登場。東京新聞の劇評に「光に包まれ猿翁がせり上がってからの輝かしさ。歌舞伎とは、役者の存在そのものをさらす芸能なのであった」とありましたが、その通り、猿翁さん、輝いてるんです。それが眩しくて眩しくて。“今度は泣くまい”と思っていましたが、無理でした。感涙にむせびました。あの時の客席の雰囲気、もう異様な空間でした。とても文字では表現できませんね。
「石川や 浜の真砂は尽きるとも 世に盗人の種は尽きまじ」の台詞、非常にしっかりしてました。まったく衰えることないあの眼力の鋭さは圧巻です。
これはかぶりつきの特典ですが(笑)……「〜尽きまじ」の後に五右衛門の「何を!」が入るんですが、猿翁さんが「じゅん(巡)」とフライング。僕も焦りましたが、あの海老蔵さん、さすがに焦ってましたね(笑) 猿翁さんは体は不自由でも頭脳はしっかりされているので、思いに体がついていかないのかなとふと頭によぎりました。が、よくよく思い出すと、元々あの方の台詞は早間でせっかちなところがありましたから、そこは相変わらずなのかなと思うと、なんだかそれもまた大サービスの愛嬌だったのかもしれませんね。
と、その場にいた見物(と海老蔵さん)にはものすごい長い時間でしたが、後で映像を見るとほんの一瞬なんですね。猿翁さんはすぐに立て直して、五右衛門の台詞を待って改めて「巡礼に(見得)ご報謝〜!」。五右衛門との“天地の見得”もバッチリと極まってました。
まだまだご馳走は続きます。本舞台下手から先ほどの6人の家臣団が再登場、さらに段四郎さんの左枝利家、笑也・笑三郎・春猿さんの久吉の侍女たちも登場。段四郎さんの最初の台詞がちょっと怪しかったですが、これもまたご愛嬌。続いて一同の渡り台詞がありましたが、客席は拍手喝采だし、自分は嗚咽だし、まったく覚えていません(苦笑)。もちろん最後の猿翁さんの「石川五右衛門、さらば さらば」だけはしかと見、しかと聞きましたが。そして澤瀉屋一門に彌十郎さんと門之助さん、そこに海老蔵さんが加わった“絵面(引っ張り)の見得”となるわけですが、まさに豪華絢爛。格別です!!
万雷の拍手の中、定式幕。さなか、猿翁さんの「さらば」という台詞がどうにも哀しく感じてきてしまってまたまた涙。でも、歌舞伎の「さらば」は、時節が来るまでとか戦場での再会を約してるんですよね。後から出された猿翁さんのコメントには「創造者としての"挑戦"を続けてまいります」とありますし……。まだまだ猿翁さんとは会えるはずです。
ふと気付くと、客席はスタンディング・オベーション。でも僕は立てませんでした。後ろの人に悪いとか、日本の伝統にそぐわないとかそんなカッコつけた理由じゃなくて、もう立てないんです。体が震えてしまって。ただひたすらに拍手。
割れんばかりに拍手の中、カーテンコール。海老蔵さんが神妙な表情で猿翁さんと握手。彼が猿翁さんを敬愛してて憧れているというのは有名な話です。後見が中車さんだったというサプライズなんかはマスコミの報道の通りで、驚いたのなんの……。右近さんらみなさん泣いていらっしゃったそうですが、僕はただひたすらに猿翁さんを見つめていました。猿翁さん、時々ちょっと笑みを浮かべたりもされて、前月より表情が豊かになられたような気もしましたが、でもはやりクールでした。復帰だからといって感極まって泣いたりしないんですよね、あの方は。それもまた“らしいな”と。そういうところがまた好きなんですよね。男が惚れる男。
……たった10分ほどの一幕ながら思い出は尽きません。これでもかこれでもかというご馳走の連続、心憎い演出の畳みかけ、最後はとびきりのサプライズ。こんな祝祭幕を作り上げられる人はやっぱり稀代の名演出家でしょう。本人は舞台の中央でいたって涼しい顔をされてましたけど(^_^;)

最後に忘れてはならないこと。ポスターやチラシの『四、楼門五三桐』のメインタイトル右横には「戸部銀作補綴」のクレジットがありました。『四の切』の宙乗りの復活を提案され、その後の三代目のブレーンをされていた方です。僕は大学院の時にゼミを聴講させてもらってましたが、戸部先生が舞台の話をされる時はキラキラと輝く少年の目をされていました。鬼籍に入られて久しいですが、猿之助歌舞伎の礎を築かれた方です。戸部先生、客席のどこかで観てるんだろうなとそんな気配を感じました。

大してまとまりませんが、映画とは違って舞台は残らないですからね。もったいないです。





posted by 山崎達璽 at 17:30| 観劇記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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