2013年12月30日

テリー(小口絵理子)を偲んで

oguchi_tatsuji.jpgFacebookはさんざん書いてきましたが、2013(平成25)年の最後にこちらでも。

12/16に僕の無二の親友である、小口絵理子が亡くなりました。

この写真、ちょうど10年前のものです。
本人はあんまり好きな顔じゃないって言ってたけど、僕は好きですね(^_-)

学生時代から20代の頃、「小口とはつきあってるの?」とさんざん聞かれました。
30代に入ると、「元カノ?」と常に聞かれてました。
あんまり言われるもんだから、ふと、「あれ、たつじとつきあってたっけ?」と言い出すほど。

出会ったのは、大学の映画学科の新歓コンパ。
2次会ですね。
江古田の南口の日の丸パチンコの上のカラオケ。
酔っぱらった小口が、指で眉間にしわを作って、「わたしテリーマンに似てる?」と。
以来、19年と8ヶ月、僕はずっと“テリー”と呼び、片時も絶えることなく付き合っていました。

「ほら、やっぱりつきあってたのね?」と突っ込まれそうですが……

もういいや、この際だ、真実を語ろう!!

とは言うものの、うーん、ホントのところ、やっぱり恋愛関係になったことはなかったです。
お互いに。

いやはや、男女の友情は成立するのです。
間違いなく。断言できますね。

何でこんなに長く付き合ってこられたのか?
いろんな要因があります。
例えば、政治信条。
まぎれもなく保守派!
例えるなら、二人ともライトスタンドで堂々と旭日旗を振っています。

いや、そこだけじゃないな。
これから一つひとつ紐解いていくのが、僕の回向です。


ところで、12/16に訃報が流れてから
「まだ若いのに」「やりたいことがいっぱいあっただろうに」
というお悔やみを何度も耳にしました。

そりゃそうなんです。
39歳と3ヶ月はあまりにも若い。
仕事も遊びもやりたいことはいっぱいあったはず。

でも、どこか僕は違和感があったんです。

1週間ほど前、仲の良かった人からこんな言葉を聞きました。
それは、比較的調子の良かった今年の春頃のこと。

「もし早く逝くことがあれば、人より早く合格点をもらったと思って」

まだまだ治療半ばの発言だし、どこまでの思いかは分かりません。
でも、その言葉や最後の1ヶ月ぐらいの様子、
旦那さん宛の遺書メモ(葬儀場の相見積を取れとか)をみると、
この言葉がどうにもすとんと落ちるんですよね。

仏教で云うところの「諦観」だったのしょうか。
全てを受けて入れていたんだと思います。

数日前、同窓生の一人が
「20年近くの付き合い、お互いいろいろあったけど、
何があっても私たちは変わらなかったじゃん。
だから、今まで通りで!」
と、励ましてくれました。
仲良し三人組の僕ら。
彼女も同じくつらいのに。


テリー、ありがとうな。
これからもずっとよろしく。








posted by 山崎達璽 at 18:33| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。