2008年07月08日

追悼 水野晴郎閣下

20080708195739.jpg酒井君と水野晴郎先生の追悼イベントに行った。会場は新宿のロフト・プラスワン。200人近くが詰めかけ満員御礼。
19:30の開始予定がボンちゃんのフライングで15分前に始まる。終わったのは23:00前。ボンちゃんと中野ダンキチさんをメインに清水崇監督や大槻ケンヂさんらによる4時間近い魅惑のトークショーだった。
その内容のあまりの濃さにとてもじゃないがすべては書ききれない。とりあえず備忘録として二つほど。
まず水野先生はホモか否か。これは完全否定だった。暴露話が出まくったあの場で否定されたらそれは真相だろう。ボンちゃんとともにそういうキャラ設定を作り上げたということだ。
それから、こっちはとても印象深かったのだが、水野先生は本気の人であったということ。映画評論家として確固たる地位がありながら、還暦をすぎて『シベ超』を作った。これは裸をさらけ出すに等しいことである。世間では水野先生をお馬鹿と揶揄するのが一般的な見方だ。しかし側近たちによれば、あれはお馬鹿ではなくキチガイだと。なるほど。確かにどこまでも本気になって純化したらそれはキチガイである。
こういう部分は三島由紀夫先生に通ずるところがあるかもしれない。誰しもが認める映画分析力とノーベル賞の候補に挙がるほどの文才。それを基本にして……警官や軍服のコスプレ好きは『楯の会』。山下将軍と自身の写真をアイコラして楽しむあたりは『薔薇刑』に。そして『シベ超』で純粋に反戦メッセージをセリフにしてしまうあたりはあの自決に……。
水野晴郎は三島由紀夫だとは言い切れないが、僕は相通ずる部分を見いだせる。

さて、事前に愛之助さんから以下のメッセージを預かっていたので司会の方に代読していただいた。
「水野先生には大変お世話になりました。初映画、初主演の『シベ超』で主演男優賞まで頂き、僕の役者人生で忘れられない恩人です」
愛之助さんを最初に映画に引っ張ったのは水野先生である。また僕の『夢二人形』を最初に絶賛したのも水野先生である。歌舞伎が大好きな水野先生に是非『宮城野』をお見せしたかった。


posted by 山崎達璽 at 23:50| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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