2008年11月01日

映画祭の起源は縄文にある

20081101203114.jpgやっと眠りについたら客室の電話が鳴る。
「お食事の時間が終わってしまいますが」
「あっ、結構です」
朝食を抜くことはめったにない僕だがさすがに今朝はキャンセル。
まだまだ寝るぞと思ったら、今度は携帯が鳴る。スミマセン、パスします。
お昼頃、今度はスナックのママ・ももちゃんからメールが。はい、今夜も伺います!
なかなか眠りにつけないので、いい加減あきらめて蕎麦を食べにいく。
劇場に寄って映画祭のスタッフに会うと「朝までももちゃん」はすっかりみんなにバレていた。
18:30からパーティー。これは公式なレセプションだ。また着物で行こうか迷ったが、自分が主人公ではない場であまり目立つのは憚られるのでパス。立食パーティーだが、今一つ食欲が出ず。二日目とあって映画祭スタッフも増え、挨拶まわりに終始。
続いて毎年恒例「監督居酒屋」と呼ばれる馬肉のすき焼き屋に行く。4年前に味わって以来この味が忘れられなくて。昔ながらの味わい深い食堂で、監督たちと映画祭スタッフ、さらには一般の映画ファンも交えて舌鼓を打つ。この映画祭の醍醐味だ。
「監督たち」と言っても、作品が招待されている人だけでなく、後援している監督協会からも来るし、なんとなく遊びに来てる人もいる。よって誰かが「監督!」と呼ぶと監督みんなが一斉に振り返る。映画祭とは監督が表舞台に立てる場だ。監督冥利に尽きる。

地方映画祭はたいてい1回か2回で終わってしまう。それが11回と続いているのは本当にすごい。その秘訣は「祭り上手」にあると思うのだ。茅野、諏訪、岡谷などのこの地域には御柱祭りがある。そりゃ祭りを楽しむことには長けてるはずだ。もっと言えば、それは太古の昔から続いていると言えるかもしれない。この地区にある尖石などの縄文遺跡からは多くの土器・土偶が発掘されている。それらは祭祀に使ったものだ。そう、縄文の頃からの祭り上手。この映画祭の起源はそんな大昔にあると言ったらちょっとオーバーかな。

次は「おやじ」で飲み、行き着く先はももちゃんのスナックだ……


posted by 山崎達璽 at 23:51| 映画『宮城野』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。