2010年09月24日

9.24国辱記念日に思う

那覇地検が尖閣事件の実行犯であるシナ人船長(中共の工作員だとか)の釈放を決定した。そこに政治的圧力はないという。
まったくの笑止千万。日本は天地開闢以来の法治国家であり、三権分立が大前提のはず。なぜに法を破った行為が許されるのか?
皇紀2670(平成22)年9月24日。悲しいかな、国辱記念日である。

私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまふのではないかといふ感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大國が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。

1970(昭和45)年7月7日、サンケイ新聞に掲載された、三島由紀夫のエッセイ『果たし得ていない約束〜私の中の二十五年』の締めくくりである。

三島の遺言とも言うべきこの一節は見事に当たった。まさにその通りになってしまった。その上、現在のこの国は「或る経済的大國」ですらない。もはや悪銭とも言うべきチャイナ・マネーを頼るばかり。つまりは尖閣事件での中共の対応は経済制裁に他ならない。それに屈して、シナ人の汚い違法行為を万国の衆人環視の中で見逃した。この理屈でいけば、交通ルールは守る必要がないし、強姦だって強盗だって殺人だって、何だってし放題だ。
これから中共はどんどん経済制裁をバックに無理難題を突きつけてくるだろう。「靖國のお社を爆破せよ」「ご皇室を廃止せよ」……そんなことだって言い出しかねない。

9.24国辱記念日
沸き上がる憎しみを胸に刻んでおこう。我が日本はいつまで保つのだろう。
誰のせい? 昨夏「まず、政権交代」のフレーズに踊らされて民主党に投票した愚昧の民だ!


posted by 山崎達璽 at 22:32| 保守派 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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