2011年01月04日

おじとおいの関係

録画しておいた松緑の『達陀』、『伝統芸能の若き獅子たち』の亀治郎の回を観る。

後者は2010(平成22)年3月24日にオンエアされたものの再放送で、サブタイトルが「市川亀治郎 突っ走る歌舞伎の"異端児"」。異端児とはまさに市川猿之助のことだ。このドキュメンタリーは半分以上が昨年2月に博多座で掛かった『金幣猿島郡』のメイキングといっていい。
猿之助による『金幣猿島郡』の初演は1969(昭和44)年で、僕が観たのは1994(平成6)年10月の歌舞伎座である。筋立てがあまりに複雑で内容の記憶は薄いが、宙乗りや早替りはもちろんのこと、初めての両花道にえらく興奮した。久々に筋書きを見てみたが、小さな差込があって、段四郎・歌六が休演で、ただでさえ多い猿之助の役がさらに増えていた。大学1年生、まだ20歳に成り立ての僕はご大層なものを見せてもらっていたんだなあと思い出に浸る。
さて、このドキュメンタリーで一番面白かったのは、亀治郎の伯父・猿之助に対する眼差しである。おじとおいというのは誠に不思議な関係で、父親とも祖父ともひと味違った独特ないいものだ。亀治郎は伯父に対して愛があり畏敬があり尊敬がある。それが手に取るように分かる。どうみても二人は似ている。亀治郎は伯父を前にすると話したいこと聞きたいことがいっぱいのご様子。
実は僕も叔父とは多少なりそんなところがあった。叔父は怪獣映画と8mmフィルムが大好きで、興味津々だった幼き僕は、日曜日は叔父にベッタリだった。かといって、怪獣ごっこはしない。もっと大人な遊びをした。怪獣の雑誌を切り抜いてスクラップブックを作ったり、プラモデルを作ったり、8mmカメラで撮影をしたり、映写機でスクリーンに映し出して部屋をミニ映画館してみたり……。叔父と話す亀治郎の気持ちがよく分かる。この刹那をめいっぱい堪能したいのだ。

久々に猿之助の姿を見た。もう復帰はないのだろうなあと思ってしまうような衰えようだった。忘れもしない、高校2年生の時に猿之助のスーパー歌舞伎を観たのが全てのきっかけだった。映画監督の道は目指していたと思うが、もしあの時中日劇場の客席に行かなかったら、今のようなスタイルは生まれていなかっただろう。「三代目市川猿之助」という存在は僕にとってもあまりに偉大だ。


posted by 山崎達璽 at 22:51| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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