2012年09月09日

「猿之助じじい」上等〜澤瀉屋襲名二月目の千秋楽のまとめ〜

DSCF0245.JPG気付いたら、澤瀉屋襲名の千秋楽から一ヶ月以上が経ってしまいました。Facebookではいろいろと書きましたが、ここにもまとめをしておきたいと思います。あくまで自分の備忘録のためですが(笑)。

結果として
<六月>
5(火)昼の部 1階1列19番(初日)
<七月>
4(水)夜の部 1階1列19番(初日)
22(日)夜の部 3階1列45番
29(日)昼の部 1階4列20番/夜の部 3階1列27番(千秋楽)
と、5公演、4日間演舞場に通いました。こんなに歌舞伎三昧な日々を過ごしたのは、三代目猿之助さんの『千本桜』三役完演か一世一代の『伊達の十役』以来でしょうか。

7/29(日)の大楽は覚悟の上の着物で昼夜通し。本当にきつかったけど、一生の思い出ですね。

『ヤマトタケル』は1995(平成7)年の三代目、2005(平成17)年の右近・段治郎(現・月乃助)さんWキャストを観ました。
ヤマトタケルの役は三代目の生き様や人生観や美意識が投影されています。そのものと言ってもいいかもしれません。だからまだ三代目の思い出と寄り添っていたくて、正直、観に行くか躊躇していました……が、やっぱり今度の四代目さんの初演、観て良かったと思います。三幕目が泣き所かもしれませんが、序幕から随所で涙が出ました。この研ぎ澄まされた演出に身を委ねることで三代目の存在を身近に感じるんですね。結局そうやっていまだ思い出と寄り添っているのでしょうか。「猿之助じじい」上等です(笑)。
3回ものカーテンコールにはしっかりと猿翁さんのお出ましがありました。猿翁さん、お茶目にも客席に投げキスをされていました。決して感涙にむせぶようなことはしないあの人らしいクールさ? お茶目さ? いや、照れ隠しでしょうか。

夜の部『楼門五三桐』について。
当初は初日だけのつもりでしたが、あまりの感動と、心のどこかにこれが猿翁さんの最後の舞台になるのではという思いもあり、無理を言って22日と千秋楽を追加してしまいました。
22日は、猿翁さんの台詞が初日より苦しいなあと思っていたところ、翌日は休演。四代目が代役を務めたが、さすがの彼も動揺を隠しきれなかったとか。段四郎さんに至っては台詞につまりそのまま絶句……。三代目襲名の『黒塚』の時、上演時間になると初代猿翁さんが病床から起き上がって念を送っていたという話がありますが、ホント及ばずながらですが、僕も二日目から毎日20:35になると歌舞伎好きだった曾祖母に手を合わせて舞台の無事を祈っていました。
と、23日の衝撃はかなりものでしたが、翌日には復帰。それからは連日無事の「ご出馬」でした。

いよいよ開幕。いつも20:35〜なのが、千秋楽は10分ほど押していました。
この日の海老蔵さんの五右衛門の気迫たるや、そりゃ凄まじいものがありました。目玉が落っこちてくるんじゃないかと心配になるほど。尊敬してやまない“澤瀉屋のおじさん”の復帰に応えようとする思い、輝くオーラに必死に挑もうとする思い、いずれも彼の純粋無垢なところが伝わってきて、非常に好感が持てました。
そして猿翁さんの真柴久吉の登場。家臣たちの「あれから指折り数うれば、八年ぶりの、御出馬なるか」との渡り台詞がなんとも乙です。今月三度目の猿翁さん、今日も光り輝いていました。ふだん“オーラがある”っていう表現はあまり使わないんですが、この猿翁さんばっかりはほかに言い表しようがありません。ただ「石川や〜」の台詞ですが、この日もやはり苦しかったです。幕切れの「石川五右衛門、さらば」はしっかりしていましたが、今思うとなんとも切ない思いに駆られます……。

幕切れの台詞ですが、台本では……
 五右 久吉、さらば。
だけなんですね。
ところが、実際の上演では……
 五右 真柴久吉、
 久吉 石川五右衛門、さらば、
 両人 さらば。

と変更されています。どういうプロセスがあったのか分かりませんが、ファンにとってはたまらねいですね。

カーテンコールは“5回? いや6回、7回はあった”とか各所で話題になりましたが、正直、回数は分からないです(笑)。
印象的だったのは、猿翁さんと海老蔵さんの握手。初日は「オレも出ていいの?」という感じで舞台に戻って終始緊張している様子でしたが、千秋楽はずっと猿翁さんの手を握っていました。猿翁さんが何度も「ありがとう」と声を掛けていて、さすがの海老蔵さんも泣いていましたね。
まだまだ続くカーテンコールではいろんなことがありました。昼に続けて猿翁さんの投げキス。笑也さんや猿弥さん、ほかの俳優さんもやっていました。四代目が花道から登場したり、21:00は過ぎてたはずなのに團子さんが舞台に登場したり(笑)、猿翁さんの後ろで、四代目と海老蔵さんがニヤニヤと話している姿は中高生男子の雰囲気でこちらも思わずニヤリ……。
そんな祝祭ムードのなか、思わずホロリとさせられたのは、終わりの方で、万雷の拍手を受けた猿翁さんがほぼお一人で立って舞台の面まで歩くお姿でした。定式幕が閉まるときにぶつかりそうで、慌てて彌十郎さんがカバーに入るというオチもあり(苦笑)。脳梗塞を患った人が歩いたり話したりするのがどれだけ大変なことか。死んだ祖父がそうでしたからよく分かります。祖父はリハビリを投げちゃいましたからね……。

涙々の六月初日、驚きの連続の七月初日、笑顔と喜びに満ちた大楽。久々の「猿之助の七月」は幕を閉じました。

品位を損なうことなく、
媚びることなく、
期待を裏切ることなく、
それ以上の喜びを与えてくれる。
それが澤瀉屋です。




posted by 山崎達璽 at 10:13| 観劇記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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