2006年01月10日

戸部先生を偲んで

060110.jpg演劇評論家であり演出家の戸部銀作先生(85)が亡くなった。猿之助さんに宙乗りの復活を提案(新聞では「発案」となっていたが、宙乗りは江戸時代からあった)されていなかったら、詰まる所今日ほどの歌舞伎の人気はなかったかもしれない。 
僕は大学院の時(1998-2000年)に戸部先生のゼミを聴講させていただいていた。高校以来の猿之助贔屓の僕は、先生のお話はもちろんのこと一挙手一投足まで、そのすべてが楽しくてしょうがなかった。学者とは違い、現場でモノ作りをしている人が放つ空気は格別であった。決して偉ぶることなく、お洒落で、お茶目で……。 
 
1998(平成10)年7月の歌舞伎座、猿之助さんの『義経千本桜』の三役完演の際、戸部先生が猿之助さんに宙乗りの復活を持ちかけたときの話が筋書きに載っていた。「28歳の猿之助君の夜空に映えた涼しくて、美しい眼が、いまだに忘れられない」と素敵な一文で締めくくられている。僕らの前では「澤瀉屋の眼がキラキラと輝いていたんですよ」とお話しされていたのだが、そんな戸部先生の眼もいつもキラキラと輝いていた。思い出話だけじゃなくて、いま作ってる舞台の話をするとき、その眼は飲み屋で映画論やら演劇論を闘わせる僕らの眼と同じだった。 
 
何度も舞台稽古を観に連れて行って下さった。『義経千本桜』『四天王楓江戸粧』『伊達の十役』『佐倉義民伝』……。 
戸部先生、歌舞伎の持つわくわくする魅力をたっぷりと教えていただきありがとうございました。ご冥福を心よりお祈りいたします。


posted by 山崎達璽 at 00:00| 観劇記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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