2005年11月06日

極めて弔辞に近い送る言葉

祖父を送りに静岡に行ってきた。4日が通夜で、5日が本葬。 
 
4日に通夜会場に着くなり、母から「弔辞を頼む」と言われた。えっ? フツウ親族はやらないでしょう。母が言うにはごく親しい親族しかいないこぢんまりとした式だからやってくれとのこと。喪主の叔父からも頼まれたが、原理原則を通したい僕は頑なに拒んだ。 
その夜、深夜に叔父から電話が掛かってきた。「弔辞はやめる。ただし親父が一番喜ぶことをやってあげたい。孫それぞれの自由意志でいいから、是非送る言葉と言う形でやってくれないか」と丁寧に説得された。孫は、僕が初孫で、弟、従姉弟の計4人だ。叔父はこの夜、それぞれに電話をして一本釣りをしたようだ(いかん、言葉が悪いなあ)。でも叔父の気持ちはよく分かった。僕も断る理由がなくなり、思い切って受けることにした。さあ、それからが大変である。やるなら徹底的にやろう。ホテルの便箋を使って文章を考え、1:30近くまで推敲を重ねた。ここまで来ると完全に弔辞のレベルだ。でもいい。僕は挨拶は好きだ。祖父が喜ぶなら頑張ろう。 
 
5日の本葬。読経が終わり、いよいよ孫4人が呼ばれた。遺影を前に並んだ。当然、初孫である僕からである。スーツ(弟は礼服なのに、僕はコナカの安っぽい黒のシングルだ……)の胸ポケットからホテルの便箋に綴った、極めて弔辞に近い送る言葉を出し、朗々と読み上げた。最初はカッコつけていたのだが、遺影の祖父の顔を見るとそんなものぶっ飛んでしまって、言葉に詰まるようになった。最後は完全に涙声になってしまった……。 
 
滞りなく式も終わり、仮の初七日の法要を終えて帰路についた。 
こぢんまりとしていたが、いい葬式だったと思う。


posted by 山崎達璽 at 00:00| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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