末期ガンで、生きているのが不思議とまで言われていた。だから来るべきときが来たという感じで特別の思いはない。自分としては意識がはっきりしている頃に別れはしてきたつもりだ。だから悔いもない。
祖父は養子で寡黙な人だった。たまにボソッと言う一言が毒舌で面白かったり、含蓄のある人生論だったり……。僕は初孫で、可愛がってもらった。
祖父との忘れられない思い出がある。それは『ビルマの竪琴』(85)に連れて行ってもらったときのこと。終盤で、日本軍の捕虜が解放されて行進するシーンで、祖父が「おじいちゃんたちもこうやって帰ってきたんだよ」と耳元で言った。意外に大きな声だった。その時、祖父がどんな顔をしていたのか分からないが、おそらくじーんと来ていたんだろう。確か、祖父はフィリピン沖かどっかで潜水艦が撃沈されて米軍の捕虜になっていたのだ。生涯、ほとんど戦争について語ることのない祖父が唯一僕に語った体験談だった。