2014年06月13日

満月と『続・最後から二番目の恋』をみていて思ったこと

満月をみるといつも思う一節があります。
敬慕してやまないベルナルド・ベルトルッチ監督の『シェルタリング・スカイ』のラストシーン。
こんなナレーションがあります。

人は自分の死を予知できず、人生を尽きせぬ泉だと思う。
だが、物事はすべて数回起こるか起こらないかだ。
自分の人生を左右したと思えるほど大切な子供の頃の思い出も、あと何回心に思い浮かべるか?
せいぜい4、5回思い出すくらいだ。
あと何回満月を眺めるか?
せいぜい20回だろう。
だが、人は無限の機会があると思い込んでいる。


満月をみるたびに、
人や物事との出会いは一期一会だから大切にしようと思うわけです。

でも、その都度その都度が「最後」ではあまりにも寂しいから、
せめて「最後から二番目」と思うようになりました、最近(^_-)


posted by 山崎達璽 at 18:09| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月11日

扉の画像(アーティスト写真)をリニューアル

長らく停滞してますこのホームページですが、
先日、アーティスト写真を撮ってもらったので、
久々に扉の画像をリニューアルしました!

フォトグラファーは、ずっと撮ってくれている、後輩のまーこ。
そんなあだ名じゃ失礼かな……写真家の宮川舞子さん(^^;)

まーことの写真は……

最初が2000年で26歳。
第2回は2004年、30歳。
第3回は2008年、33歳。
そして、4回目となる今日は39歳。


カメラの横にいればそれでいいのか?
映画監督のアー写としてよくあるスタイル。
14年間にわたって、“映画監督としてのアー写とはなんぞや?”
を追求してきました。

いつもは歌舞伎俳優気取りの着物でしたが、
今回は洋装。
ヘアメイクは昨年末に撮ったプロフィール写真から続いてヒデアツさん。
今回はスタイリストとしても。


そして、小道具にも徹底的にこだわりました。

右から
YASHICA(今の京セラ)のシングル8のカメラ「30 TL」
ELMOの8mm映写機「FP-A DELUXE」
幼い頃、叔父にこれらで遊んでもらっていました。
それらがやがて映画に目覚めるきっかけとなったのです。

左は
『宮城野』(2008)の0(東京現像所では1)号プリントです。


監督しても停滞してるんですけどね……(-_-)
ま、いつも、まずは形からなので!
まだまだいろんなカットがあるので、
また心境及び身辺に変化があったら更新します。





posted by 山崎達璽 at 08:56| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月30日

テリー(小口絵理子)を偲んで

oguchi_tatsuji.jpgFacebookはさんざん書いてきましたが、2013(平成25)年の最後にこちらでも。

12/16に僕の無二の親友である、小口絵理子が亡くなりました。

この写真、ちょうど10年前のものです。
本人はあんまり好きな顔じゃないって言ってたけど、僕は好きですね(^_-)

学生時代から20代の頃、「小口とはつきあってるの?」とさんざん聞かれました。
30代に入ると、「元カノ?」と常に聞かれてました。
あんまり言われるもんだから、ふと、「あれ、たつじとつきあってたっけ?」と言い出すほど。

出会ったのは、大学の映画学科の新歓コンパ。
2次会ですね。
江古田の南口の日の丸パチンコの上のカラオケ。
酔っぱらった小口が、指で眉間にしわを作って、「わたしテリーマンに似てる?」と。
以来、19年と8ヶ月、僕はずっと“テリー”と呼び、片時も絶えることなく付き合っていました。

「ほら、やっぱりつきあってたのね?」と突っ込まれそうですが……

もういいや、この際だ、真実を語ろう!!

とは言うものの、うーん、ホントのところ、やっぱり恋愛関係になったことはなかったです。
お互いに。

いやはや、男女の友情は成立するのです。
間違いなく。断言できますね。

何でこんなに長く付き合ってこられたのか?
いろんな要因があります。
例えば、政治信条。
まぎれもなく保守派!
例えるなら、二人ともライトスタンドで堂々と旭日旗を振っています。

いや、そこだけじゃないな。
これから一つひとつ紐解いていくのが、僕の回向です。


ところで、12/16に訃報が流れてから
「まだ若いのに」「やりたいことがいっぱいあっただろうに」
というお悔やみを何度も耳にしました。

そりゃそうなんです。
39歳と3ヶ月はあまりにも若い。
仕事も遊びもやりたいことはいっぱいあったはず。

でも、どこか僕は違和感があったんです。

1週間ほど前、仲の良かった人からこんな言葉を聞きました。
それは、比較的調子の良かった今年の春頃のこと。

「もし早く逝くことがあれば、人より早く合格点をもらったと思って」

まだまだ治療半ばの発言だし、どこまでの思いかは分かりません。
でも、その言葉や最後の1ヶ月ぐらいの様子、
旦那さん宛の遺書メモ(葬儀場の相見積を取れとか)をみると、
この言葉がどうにもすとんと落ちるんですよね。

仏教で云うところの「諦観」だったのしょうか。
全てを受けて入れていたんだと思います。

数日前、同窓生の一人が
「20年近くの付き合い、お互いいろいろあったけど、
何があっても私たちは変わらなかったじゃん。
だから、今まで通りで!」
と、励ましてくれました。
仲良し三人組の僕ら。
彼女も同じくつらいのに。


テリー、ありがとうな。
これからもずっとよろしく。








posted by 山崎達璽 at 18:33| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月09日

ゆきえちゃん

ゆきえちゃん、もし見てたら連絡ください。
携帯は変わってないです。
フォームからでも構いません。

posted by 山崎達璽 at 23:34| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月08日

『夢二人形』関係者のみなさんへ

ヤスを偲んで 『夢二人形』15周年感謝祭

みなさんご承知のように、去る10月5日、桜塚やっくんことヤスが不慮の事故で他界しました。
いつ何時誰がどうなるか分からないと痛感したしだいで、これを機会に卒業制作『夢二人形』に関わったみなさんで集まりたいと思います。
11/30(土)、お子さんがいる方も多いので、昼の部と夜の部を開催する予定です。
まずはヤスに献杯をしたいですね。
そして映画の完成から15周年、非常に多くの才能を輩出した作品でもあるので、近況報告などもしあえれば幸いです。
詳細はこれから詰めますが、まずはみなさんのスケジュールの確保、消息確認をお願いします。

連絡先が分からない方も多いので、なんらかのお知らせが来ていない方はご一報ください。私の連絡先が分からなければフォームよりお願いします。


posted by 山崎達璽 at 10:07| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月07日

やっくんを偲んで

今朝起きてワイドショーはどこも桜塚やっくんの事故死のニュース。
後輩が死んだニュースをボーッと眺めています。
変な光景です。
およそ現実とは思えません。

「亡くなったマネージャーさんに申し訳ない。そもそも事故を起こした息子が悪い」とおっしゃるヤスのお父さんは立派だ。
以前、染五郎さんが大けがをしたとき、幸四郎さんは「舞台のスタッフは極めて優秀。没頭してしまう役者が悪い」とハッキリと言っていました。
それとこれとはまた違う出来事ですが、こんな崇高な精神を持つ父親は本当に立派だと思いました。

ところで……
本名・斎藤恭央のさいは「齋」じゃなかったかな。
15年前、『夢二人形』のエンドクレジットを作るとき彼に確認しました。
「戸籍上はこっちです」と汚い字で書いてくれました。

また一つそんなつまらんことを思い出しています。


posted by 山崎達璽 at 08:44| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月06日

桜塚やっくんの死を悼んで

1006.jpg昨夜はクタクタで早々に寝てしまって、今起きたら、異常な数の着信とLINEメッセージが。

ヤスが死んだと。
桜塚やっくんこと斎藤恭央のことです。

大学の1学年下、年齢的には2コ下の後輩でした。
僕は映画学科の監督コースで、彼は演技コース。
近いところにいたのでよく話しました。
同じサークルにいたこともあるので、もちろん飲んだこともあります。
そして、僕の卒業制作『夢二人形』にも出ています。
若き日の川端康成の役です。
あんまり上手くなかったけど、何となく似てるでしょ。
この写真は、その時のです。

卒業後、やっくんとしてブレイクしてからはとくだん会うことはありませんでした。
つい最近、うちの学生がやっくんのバンドのミュージックビデオに参加するとかで、じゃあ久々に会えるなあと思っていた矢先でした。
15年振りだから、会いたかった。
あの時、何としてでも会うべきだったのかな。
何から話を切り出そうかなあと、そんな変な心配をしていたところでした。

「ヤスは下手くそだったよなあ」
「またぁ、たっさん、厳しいなあ、久々でしょ〜」

なんて、昔みたいに悪態をついてやりたかった。
後輩が死んだって言われても、お悔やみの言葉なんて出てこないですよ。
いつでも会えるじゃんとしか思えないです。


あ、ヤス、あの時貸した川端康成の本、いい加減返せよ。



posted by 山崎達璽 at 08:34| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月08日

まさかの新作!?×4本

この夏、うちの専門学校で学生と一緒に作ったベリーショートムービー4本を紹介します。
監督・撮影・編集・MA・ヘアメイクなどを僕らプロスタッフが、各アシスタントを学生が勤めました。

『恋愛事情なう』
その始まりも終わりも携帯電話上で展開されがちな現代の恋愛事情。
首を傾げるような“なう”を皮肉たっぷりに描いてみました。



『新しい電池を入れなくちゃ』
“元カノに会いたくなる”
男性にありがちなダメ〜なところを甘えたっぷりに描き出しました。
『夢二人形』の夢二、『宮城野』の矢太郎のような、山崎ワールドに出てくる主人公男性の典型です。
どこかで聞いたことのあるタイトルでは?というツッコミは受け付けません。



『キミのハートをビブラート♡』
80年代後半のトレンディドラマの再現を目指した、いわば“時代劇”です。
アーティストの色男にありがちな虚勢や優柔不断なところは、やはり夢二や矢太郎みたいな山崎ワールドの典型です。



『夏と花火とあいつの煙草』
「1本ぐらいは和服の女性を撮らせてよ」とのわがままを叶えてもらった作品。
夏+花火+浴衣美人は初期の山崎ワールドの典型です。
『サマーウォーズ』のパクリではなくオマージュだという言い訳をさんざん使いました。


どうぞお楽しみください!




posted by 山崎達璽 at 19:59| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月14日

日本禁煙学会に抗議します。

日本禁煙学会 「風立ちぬ」喫煙場面に苦言「子どもに影響与える」

僕は嫌煙家です。
タバコなんてこの世から消えてしまえばいいのに、なんていつも思っています。
でも、それはそれ。

喫煙シーンを小学生に見せてはならんという理屈を出すのなら、暴力やセックス描写はおろか、悪口を言ったり、敵にビームを発射する場面も見せてはならないのでは?
ジャイアンがのび太をいじめるシーンもダメでしょ。

喫煙は非合法でもなければ、長らく続く文化の一つです。
すでに完成し、絶賛公開中の映画に対してこのような不当な干渉をするなんて文明国とは思えません。
表現の自由のめちゃくちゃな侵害である。

表現者の端くれとして日本禁煙学会に対して強く抗議すると同時に、日本映画監督協会にも何らかの声明を出してもらうよう働きかけます。

posted by 山崎達璽 at 23:37| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月22日

久々のフィルム(35mmプリント)上映

舞台や映画を観るとき、どうにもぼやけてしょうがないので、昨年の夏から眼鏡男子になりました。
ただ、それ以外の生活ではまったく必要としていないので、掛けてるとすごく疲れます。
観終わると、目も肩も痛くなり、頭痛もします。

今日の映画館、そんな疲れがあまり出ませんでした。
というのも、久々のフィルム(35mmプリント)上映だったのです。
すっかりDLPのデジタル上映に慣れていたので、最初はちょっと違和感を感じました。
フィルムはパーフォレーションを引っ掻くので、よく観ると常時画面が微かに揺れています。
画面上にパラと言われるホコリや傷も出るし、約20分ごとにロールチェンジがあるので右上に白いパンチが出ます。
安定した美しさがあるかと言われたら、現代では否定的は意見が多いでしょう。
でも、フィルムで育った人間としては、“ああ、懐かしい”とまではいきませんが、しだいに安堵感に変わっていくのです。

そう、それで、約2時間後、客電がついても、あの疲労感はさほどないのです。
科学的にも医学的にも説明する知識は持ち合わせていませんが、きっとアナログだったからだと思います……。

日本の未来のために……
いいか、少年たち、
エロサイトではなくエロ本を観よう!


posted by 山崎達璽 at 21:05| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月21日

BOØWY 1224(劇場上映)を観てきました

2013-03-21 12.47.13.jpg我が青春のBOØWYの解散宣言が行われた、1987(昭和62)年12月24日の渋公ライヴが劇場上映されるということで、いそいそと先行上映の第1回目に行って来ました。
TOHOシネマズ川崎は150人中10人ぐらいでしたでしょうか、ちょっと肩透かしを食らった感じでした。
まあ、もう四半世紀前の話ですから……アラフォー独特の世界なのでしょう。
しかも、この映像は2001(平成13)年12月24日にDVDリリースされているので、いまさら幻でも何でもなく、ただ“劇場で観られる”、その一点だけなんですよね。
アラフォーを食い物にするレコード会社の商売にまんまとはまったヤツがここにいます(-_-)

でも、良かったなあ。いいものは何度観てもいい(^^)
BOØWYのライヴ映像は数々リリースされていますが、やはりこの『1224』がベストだと思います!
これは断言できますね。
メンバーの演奏のテクニックがいかに卓越してるかも分かるし、それを含めたライヴ・パフォーマンスが圧巻。

さて、まずはテクニカルなお話。
地上波のデジタル化に伴い、今、僕らの目には16:9のワイドサイズが標準になりましたが、本作はスタンダード(4:3)。
さすがにこれはどうしようもありません。
撮影はフィルムとは言えども16mm。16mmにはスタンダードしかないんです。
もちろんフィルム本来の独特の風合いは存分に味わえました。
そして、16mmは1ロールが約11分。11分ごとにロールチェンジをしなくてはいけません。
常にその緊張感と闘いながらの撮影になります。
音は割と長く録れるので、この作品の編集は“音ありき”になります。
撮影は5台のカメラを回していたそうですが、それでもやはりカメラを回せていない“空白”が出てしまっています。
普通、そういう場合は似た画を代わりにはめたりしてごまかすんですが、本作ではそれをやっていません。
白味になったり黒味になったり、『ONLY YOU』の途中なんて40秒近く飛んでしまいます。
そこらへんの潔さがまたいい!
昨今の撮影現場では「編集で何とかしよう」「CGで」「合成して」とかすぐにぬかすヤツが多くて、そのたびに虫酸が走っているので、この潔さはストレス解消になりました。

一方、音については、“今回の公開の為だけに、フルチューンされた5.1chサラウンド”だそうですが、これはほとんど代わり映えしなかったですね。
歓声とか拍手は5.1chっぽさが出ていますが、曲は全然……。
ヴォーカルに至ってはいかにもデジタルで、名古屋弁で言う“とっきんとっきん”な感じ。

今度は演出的なお話。
僕らは本作を観るとき、“解散を宣言する”と分かっていて観始めます。
だから、冒頭からその伏線らしき瞬間をいろいろと感じます。
合間合間の表情、MCの内容など。アンコールの『MEMORY』『ONLY YOU』なんて顕著です。
あとに解散宣言があるからこうなるんだと思うと、とても腑に落ちるんですね。
とても演出の勉強になりますよ。

それから、終盤のアンコール前の『NO.NEW YORK』の途中では、突然、渋公前に集まった群衆の映像が映し出されます。
それを機に、メンバーの演奏、会場内の観客、会場外の群衆の3つの映像を中心にカットバック(同時進行)していくんです。
つまり、いきなり群衆の映像が入ってきた瞬間から、本作はライヴビデオからドキュメンタリーへと昇華していくんですね。
このタイミングと構成が実に素晴らしい。非常に優れた編集です。


……と、長々と書いてしまいましたが、DVDを持っていても、これは是非劇場で堪能して欲しいですね!

posted by 山崎達璽 at 18:46| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月08日

デビュー作『夢二人形』15周年

2013-03-08 12.08.08.jpg先週、専門学校の今年度最後の講義だったので、僕のデビュー作『夢二人形』を学生に観せました。
完成してから数年は、大学の卒業制作をいかに“作品”として見せるかに必死でしたが、今となっては“思い出のアルバム”みたいなもので、甘酸っぱい懐かしさに浸れます。
当時は23歳。青臭いなりに、恋愛や人生を語ってみたり……。
我ながら、よくもまあこんなに生意気な映画を作ったものだと褒めてみたり(^^;)

ふと気付けば、完成したのは1998(平成10)年の今ごろ。
学内の審査員には鬼籍に入られた先生方もだいぶいます。
もう15年の時が流れていたんですね。
20代から30代への15年間ですから、そりゃいろんなことがありましたよ(^^)

作品を最初に評価してくれたのは水野晴郎さん。
続いてフランスの新人映画祭で評判を呼び、翌1999年のカンヌ映画祭の新人部門にノミネート。
その後は韓国やイタリアの映画祭に招待されたほか、国内の映画祭やイベントにもいっぱい呼んでもらいました。

作品に携わったメンバーからも多くのタレントを輩出しています。
元ニッポン放送アナウンサーの小口絵理子、国内外のクラブシーンで人気を博す野崎良太(Jazztronik)、桜塚やっくんも忘れてはいけませんね(^_^;)
そのほか、様々なジャンルでみなさんご活躍です。

画像は作品の最初と最新の形態。
撮影は16mm白黒フィルムで、完成もやはり16mm白黒フィルム。
(上映プリントは何本かありますが、これはまさにカンヌ上映版!)
その後デジタル上で手を加えて2004(平成16)年にDVD発売しました。
今でもAmazonなんかで買えますので、是非に〜!





posted by 山崎達璽 at 12:54| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月17日

あの“シベ超”イベントに出ます!

先日制作発表された、あの“シベ超”シリーズの新作『シベリア超特急 エピソード1(仮)』のイベントへのゲスト出演が決まりました。

『ぼんちゃん大いに語る!! 〜EPISODE 1〜』
○日時:2013(平成25)年4月14日(日) 13:00〜(開場は12:30)
○会場:阿佐ヶ谷Loft A(JR中央線阿佐谷駅パールセンター街徒歩2分)
○チケット:前売1,500円/当日1,800円(共に飲食代別)
  前売はローソンチケット【Lコード:35974】、阿佐ヶ谷Loft Aウェブ予約にて
○詳細はこちら

実は僕のデビュー作『夢二人形』(98)を最初に評価してくれたのは、ほかでもない水野晴郎先生なんです。
そして、愛之助さんを初の映画主演に抜擢したのも水野先生でした(『シベリア超特急5』)。
そんなご縁もあり、このたびのトークゲストにお招きいただきました。
気の利いたお話しが出来るかどうか不安ですが、是非みなさんお運びください!

『シベリア超特急 エピソード1(仮)』の関連記事はこちら
↑実は、僕、これに出演することになっています。
『ラストエンペラー』の坂本龍一ばりに頑張りたいと思います(^^)/


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2013年02月06日

神様になり、不動明王になった成田屋

成田屋の密葬が営まれた今日、関東は雨・雪・みぞれの荒天でした。
まさに日が陰るとはこのことでしょうか。

成田屋は九代目の時に神道に改宗していて、十二代目の諡(おくりな)は
「瑞垣珠照彦命(みずがきたまてるひこのみこと)」だそうです。

十二代目は神様になりました。
新装歌舞伎座には神様がいないと云うなら、
十二代目が鎮座ましましてくれることでしょう。
新装歌舞伎座が呪われていると云うなら、
十二代目が不動明王になって邪気を払ってくれることでしょう。


posted by 山崎達璽 at 20:53| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月05日

成田屋の思い出と……

2013-02-05 21.35.33.jpg最初に成田屋を観たのは、1993(平成5)年10月の名古屋・御園座。
『め組の喧嘩』と『助六』でした。
19歳、代ゼミの名古屋校に通っていた頃。
初めての祖母との観劇でした。祖母は「團十郎は口跡がねえ」と。

そして、最後に観たのが、昨年7月の新橋演舞場。
澤瀉屋襲名の口上、『将軍江戸を去る』『黒塚』。

この間、20年あまりですから、思い出の舞台を挙げたら切りがありません。
1999(平成11)年12月歌舞伎座の『釣女』。
猿之助(2代目猿翁)・團十郎・玉三郎・勘九郎(18代目勘三郎)という夢の顔合わせ、とか。

昨年7月、観劇の報告を電話で話した後、祖母は脳梗塞で倒れ、一気に認知症が進行してしまいました。
現在、とても成田屋の話なんて出来ません。
今夜、もし祖母と電話出来るなら、
「おばあちゃんはああ言ったけど、成田屋は口跡は悪くなかったと思うよ。ただ、調子が独特なだけ。それもまたいいよね。澤瀉屋だってそうだし」
そんな話しをしているでしょう。

紀伊國屋、天王寺屋、神谷町、京屋、中村屋、
全盛期の澤瀉屋とうちの祖母……
僕の人生を豊かにしてくれた歌舞伎は歌舞伎座とともに過去のものになってしまいました。
まだしばらく思い出に寄り添っていたいと思います。

posted by 山崎達璽 at 22:12| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月16日

NHKスペシャル『父と子 市川猿翁・香川照之』についての随想

2013-01-06 22.45.10.jpg件のNHKスペシャル『父と子 市川猿翁・香川照之』ですが、さすがに正月休み最後のゴールデン中のゴールデンに放送されただけあって、様々な感想を見聞きします。
僕の目が勝手に選り好みしているとは思いますが、圧倒的に絶賛派が多いですね。それは父と子の生き様に対するものであったり、あそこまで突っ込んだ取材の姿勢に対してだったり。

もちろん、否定的な意見もあります。一番多いのは、
なぜに藤間紫さんに触れないのか?
確かに、猿之助・紫と云えば、“W不倫の果て……”の枕詞で語られてしまいます。そりゃ人類の歴史は所詮男と女が全て。その切り口がいちばん興味を引いて単純明快です。僕も幕の内外からいろんな話を聞きましたが、その真意なんて当人しか分からないことでしょう(苦笑)。
もちろんNHKの性質上、やはりそこには触れられないはず。でも、別の角度から見ると、これは父と子、さらには長男と長男が主軸です。背負っているものは比べものになりませんが、僕も長男の長男なので、その複雑な関係性はよく分かります。58分という放送時間で、そのデリケートな主軸がぶれてしまうと番組として成立しなくなってしまうと思います。まあ、そこらへんは民放さんに譲るということでしょうか(苦笑)。

それと、あのドキュメンタリーで描かれていることが全て真実だと錯覚してしまうのも危険です。
例えば、口上の引きの画。時系列では初日の舞台とされていますが、初日の猿翁さんは挨拶の最後に両手を掲げていたので、あれは別の日の映像です。そういうのは他にもあるでしょう。ま、これは映像の世界ではホワイト・ライですし、重箱の隅をほじくるような話なので置いておいて……
肝心要は、物事は多面的ですし、人間には多面性があります。ドキュメンタリーは作家(ディレクター)による一つの「解釈」に過ぎないと思うんです。取材した素材をその「解釈」に基づいて取捨選択して編集して仕上げていく訳であって、それは真実とは別の物です。

あのNスペについて、“綺麗事にすぎない”という辛辣な意見も散見しました。やはり、ホントのところは当の本人たちにしか分からないことです。でも、僕はそれでいいと思うんです。僕は高校2年の時に三代目市川猿之助の歌舞伎を観て、自分なりに解釈して、それから三代目さんの芸術観や人生観、生き様そのものを知るようになって、また自分なりに解釈して、それで自分の人生が豊かになったわけですから。

posted by 山崎達璽 at 22:34| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月09日

NHKスペシャル『父と子 市川猿翁・香川照之』

2013-01-09 16.31.11.jpg1/6(日)にオンエアされたNHKスペシャル『父と子 市川猿翁・香川照之』を改めて観ました。我が敬愛なる猿翁さんですから、一度目はその濃度の高さに消化しきれずで、それでも今日はいくばくかは冷静に観られました。

よくもこんな密着が出来たなあとホント、感心してしまいます。派手さはない作りですが、終始一貫した客観性と冷静さ。すごいディレクターです。それを許した父子もまたすごい度量。
ディレクターの取材ノートはこちら

いろいろと名場面がありますが、あまり触れられないであろう箇所を二つ。

猿四郎さんと化粧の稽古をしている中車さん。スマホにある化粧の画像を見ながら、「最初、おやじがやってくれたヤツは……」と。「おやじ」って。男子はよく分かるんじゃないですかね、この感覚。人前では「おやじ」って呼ぶんですよね。本人の前では「お父さん」とか「父さん」って呼ぶくせに。中車さんの口から自然に「おやじ」って出たの、すごく感動的でした。

久方振りの化粧の稽古をする猿翁さん。その準備をお弟子さんたちがやっていて、あれは猿紫さんでしょうか。「お化粧ね、もう使うことないと思ってたから複雑なんじゃないでしょうかね……」と師匠の気持ちを代弁していましたが、お弟子さんたちが本当に嬉しそうで、いい顔をされていました。
みんなそうですよ。この襲名は「もうない」って思ってたことの連続でした。これでもかこれでもかと。そこがいかにも澤瀉屋です。

「喜びも哀しみも苦しみも全て ここには真実がある」
との猿翁さんの言葉が胸にしみいりました。

中車さんの覚悟の初舞台、猿翁さんの奇跡の復帰、それぞれの最初の瞬間に客席に居合わせたことを我が生涯の誇りにしていこうと思います。

posted by 山崎達璽 at 17:25| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月05日

Nスペの憂鬱

明日6日放送予定のNHKスペシャル『父と子 市川猿翁・香川照之』。テレビの前に正座して観ようかと非常に楽しみにしているんですが、懸念がないわけではありません。
世間の倫理観からはおよそ誉められたものではないプライベートな部分が取り上げられるであろうし、猿翁さんの病人としての今が大きく映し出されるはずです。
それが正月休み最後の日曜の、大河ドラマの後、まさにゴールデン中のゴールデンに放送されます。
往事を知る歌舞伎ファンはいいと思うんですが、アラフォー世代以下の、「猿之助歌舞伎」を知らない人たちがそれを目の当たりにするわけです。
その人たちがどう思うか……。どんなに三代目さんがすごかったと語っても映像の力は絶大です。哀れみと罵詈雑言? 想像したくないですね。

そんなNスペの憂鬱を歌舞伎ファンに話したら、「でも、私たち、歌右衛門さんや梅幸さんにそうだったじゃない」と。確かにその通り! 僕は、歌右衛門さんについては最々晩年、梅幸さんも晩年しか観ていなくて、その時はひどいことを言ったものです。青臭くて生意気な20代ですからね。最近になってようやく梅幸さんの魅力が分かり掛けてきたぐらいですから。
オンエアを前にそんな自問自答を繰り返しております。


さて、三代目猿之助といえば「スーパー歌舞伎」。“現代の感性で創作した”とよく言われます。この現代性ですが、厳密には80年代の感性なんですね。やがてバブル景気へと高揚していくイケイケドンドンな空気感。いわゆるそんな“バブリー”さも今や一つの歴史です。
その時代時代の現代性を取り込む精神(本来は江戸歌舞伎の精神)を十八世勘三郎さんが踏襲したのは否定できないでしょう。だから、「現代の観客にも受け入れやすい歌舞伎は中村屋が作った」という言い方は明らかに間違い。そこらへん、ちゃんとしてもらわないと(-.-#)
posted by 山崎達璽 at 09:34| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月05日

中村屋の思い出

2012-12-05 07.15.09.jpg今朝、テレビをつけた途端に中村屋さんの映像。それから訃報のナレーションがあるまでほんの少しの間だったんですが、ものすごく嫌な予感がしました。案の定……。重病説もありましたが、この人だけは絶対に復帰すると思っていました。まさに寝耳に水。

襲名以降でしょうか、いろいろと思うところがあって、だいぶ長い間中村屋さんの舞台には足が遠のいていました。まったくもって、後の悔い先に立たずです。

中村屋さんはコクーンや平成中村座ばかりが取り上げられますが、助六の通人なんてのも良かったですね。二枚目よりも三枚目寄り。色気があって軽妙で。

中村屋の思い出。
その昔、コクーンに『盟三五大切』が掛かったとき。
夜の部の当日券(立ち見席だったかな)を買うために、昼の部の開演前から並んでいたことがありました。
無事切符が買え、最初の幕間の時、劇場の係員の方が僕のところにやってきました。
「今日は朝早くからお並びいただきありがとうございました。勘九郎さんからです」と、この手拭いを渡してくれました。
生意気な大学院生もこれには感謝感激でした。

まだこれからいつだって観られると思っていたのに。あまりに早すぎますよ。

posted by 山崎達璽 at 12:44| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月07日

『楢山節考』の邦楽スタッフ

ただ今、11/11(日)のトークに備えていろいろと勉強しております。
本作の大きな特徴の一つは音楽がすべて義太夫と長唄であることです。

ここからはかなりマニアックな話。古典芸能好きな方は是非続きを読んでください。

竹本と長唄の顔ぶれが非常に豪華なことは分かるんですが、実はそのクレジットがはっきりしません。本編オープニングのクレジットや映画史の資料などを読んでみても、あくまで映画サイドからの記載なので誤表記が多いんですね。また50年も前のことなので代替わりをしていたり……。

例によって神経質な僕は本作の邦楽スタッフを調べ上げてみました。とりあえずはこれでいいはずです。

[義太夫]
義太夫節付 野澤松之輔
浄瑠璃 (五代目)竹本南部太夫
三味線 野澤松之輔・(四代目)野澤錦糸・(八代目)竹澤團六(現・七代目鶴澤寛治)
音楽参与 遠藤為春
口上 吉田兵次

[長唄]
作曲 (十四代目)杵屋六左衛門
唄 杵屋六左衛門・(十五代目)杵屋喜三郎
三味線 (六代目)杵屋勘五郎・杵屋六郎助
囃子 田中佐十次郎・田中佐七郎
笛 鳳聲晴雄


posted by 山崎達璽 at 23:46| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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