2012年09月30日

幻の監督デビュー作(^_^;)

IMG_0004.jpg講談社から『あぶない刑事 全事件簿 DVDマガジン』が発売されて、僕ら“団塊ジュニア”が色めき立っています。友人からサントラ集をもらって、ここ数日、甘酸っぱい空気感にときめいております。
当時、中2だった僕はあの世界に憧れて、高3の夏休みまで何作も刑事ドラマを作っていました。この記事は、学研の『VIDEOCAPA(1992年4月号)』の自主制作の投稿コーナー。「アクション&刑事もの特集」の一作として掲載されています。
……と思うと、17歳のこれが監督デビューだったわけです(^_^;)


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2012年07月29日

久方振り、「猿之助」の七月

2012-07-29 07.26.32.jpg七月の歌舞伎も中日を過ぎて、筋書きに舞台写真が入った頃。
開場時間のだいぶ前に東銀座に着く。
歌舞伎座はす向かいの「辨松」で赤飯弁当の一番安いのと冷たいお​茶を買う。
開場と同時に劇場に入り、さっそく舞台写真を選んで、一緒に筋書​きを買う。
三階席で「市川猿之助」と名のつく歌舞伎俳優の舞台を楽しむ。心​から楽しむ。

大学入学で上京してから2003(平成15)年まで、毎年七月はそんな過ご​し方をしてました。気付いたら、久々にそんな七月です。六月・七月の初日ばっかりは分不相応なお席で観ちゃいましたが(^_^)​v
昨夜も(猿翁さんの)久吉公は無事ご出馬されたそうです。いよいよ今日は千穐楽。これぞまさに大楽。久方振りの昼夜通し。「猿之助の七月」の大詰、しかとこの目に焼き付けてきます。


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2012年06月09日

『ヤマトタケル』のサントラ

2012-05-28 20.22.09.jpgスーパー歌舞伎の第一作『ヤマトタケル』は初演の際(86)、当時の税制上の都合から文化庁に「伝統芸能である」というお墨付きをもらう必要があり、特に音楽には非常に苦心したそうです。
長沢勝俊さんの作曲、日本音楽集団による和楽器の演奏で生まれたのがこのサントラ。右近・段治郎(現・月乃助)さんによる再々演の際には加藤和彦さんのオーケストレーションの新曲に変えられていましたが、今回は再び初演の形に戻っているとか。
久々にLPレコードを出してきて、懇意にしている優秀な“音屋さん”にリマスタリングしてもらいました。どの曲も世界観を的確に表していて、僕は圧倒的にこちらの方が好きです。もっと評価されてCD化されてもいいと思うんですが。
ちなみに加藤和彦さんによる『新・三国志』のサントラは大変な名盤。まさに今、聴き込んでいます。

posted by 山崎達璽 at 22:58| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月04日

三代目市川猿之助、最後の日。

2012-06-04 18.13.41.jpg男の子はみんなヒーローに憧れます。10〜20代の僕のヒーローは、谷沢健一らの中日ドラゴンズの選手とBOØWY時代の氷室京介さんでした。そして10代からずっとアラフォーの現在まで、僕の永遠のヒーローはほかでもない三代目市川猿之助さんです。

昨年9月27日にあの衝撃の記者会見から8ヶ月ちょっと、いよいよ明日は澤瀉屋のクワトロ襲名の初日を迎えます。「三代目猿之助」の襲名は1963(昭和38)年5月3日で、今日2012(平成24)年6月4日はその最後の日でした。

思えば、僕が初めて猿之助さんを観たのは高校2年生、1991(平成3)年6月の中日劇場、スーパー歌舞伎『オグリ』の舞台でした。爾来、僕は歌舞伎の魅力に取り憑かれました。あの時、あの舞台を観ていなければ、歌舞伎はおろか伝統文化の素晴らしさを知ることもなかったでしょう。それに着物を着ようなんて思い立つことも間違いな​くなかったはずです。

1994(平成6)年に上京して、それからの東京での舞台はほぼ全部観ていると思います。忘れられない舞台はいっぱいあります。『義経千本桜』の三役完演、国立で昼夜ぶっ通した『四天王楓江戸粧』、一世一代の『伊達の十役』、スーパー歌舞伎の到達点『新・三国志』……文字通り枚挙にいとまがありません。

僕が最後に猿之助さんを観たのは、2004(平成16)年1月31日の茅ヶ崎文化会館、『一條大蔵譚』でした。前年の暮れに脳梗塞で倒れた後の復帰公演でしたが、この巡業を最後(2/24札幌)に舞台には立たれなくなってしまいました。結果的にあれが最後の舞台でした。

猿之助さんはいつも走り続けていました。反逆者・異端児・風雲児などいろいろと称されましたが、僕の中ではヒーローが一番ぴったりきます。創作活動だけでなく人生哲学も多大なる影響を受けたといっても過言ではありません。

三代目猿之助さん、これまで本当にありがとうございました。明日はかぶりつきでしかと見届けます。
着物を着はじめて4年ですが、これまで着物でお芝居を観ることは​避けてきました。畏れ多かったんですね。でも、明後日は勇気を振​り絞って着ていこうと思います。


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2012年05月24日

カンヌ国際映画祭のホワイトカード

2012-05-24 08.24.55.jpgワイドショーを観ていたら、現在開催中のカンヌ国際映画祭が特集されていました。「カンヌは一生の憧れだなぁ」と思いつつ、ついつい13年前の思い出の品々を見てしまいました。
ただの自慢かもと思われるかも知れないし、過去の栄光にすがっていると言われるかも知れませんが、なんとなく自分の足跡を確かめたかったんです(^_^;)

写真は招待監督をはじめVIPしか許されないIDカードです(以下、1999年当時の事情)。
カンヌ国際映画祭は、21世紀の今もフランス階級社会の雰囲気が色濃く残るお祭りです。監督週間や批評家週間などのサテライト・イベントは別ですが、公式部門(長短編コンペ、ある視点、シネフォンダシオン)は入場制限があります。事前に登録してIDカードを持っていないとパレという巨大な映画祭会場には入れません。そして上映会場にはさらに招待券が必要なんです。
が、このホワイトのIDカードは別格で、どんなに行列があっても優先的に観ることが出来ます。監督をもてなすのがあのお祭りなんですね。
そんなお祭りですから、カンヌには魔物がいると思います。一生取​り憑いて離さないんです、たぶん。

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2012年05月21日

金環日蝕を撮らまえる

IMG_1345.JPG鎌倉は3:30前ぐらいに土砂降り、その後小雨になり、7:25まではポツポツ降っていました。金環日蝕の最中も曇り空でしたが、時折、雲の絶え間から顔をのぞかせてくれました。残念ながら蝕の最大は撮らまえられませんでしたが、雲のおかげでフィルターが不要で、水墨画のような味わいが出たと思います。

Canon EOS Kiss X4/250mm/F11, 1/125秒/ISO 100

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2012年05月12日

澤瀉屋のお練りのニュースについて思う

昨日の新聞にあったワイドショーの見出し「速報!ゆかりの浅草寺で香川照之スーパー襲名」に愕然としましたが、案の定、放送内容も?がたくさんでした。

そもそも澤瀉屋の当主は「猿之助」であって、この襲名のメインは亀治郎さんの猿之助襲名。愛らしい御曹司・團子クンを中心に取り上げるのなら、ワイドショーの性質上分からなくもないですが、香川さんの中車襲名はあくまでサブです。香川さんは分をわきまえていて、亀治郎さんを引き立たせようとしていたのは誰の目にも明らかだったと思います。

それから、四代目(よだいめ)を平気で「よんだいめ」と読むナレーション。松緑の襲名の時もよくありましたが、これはもはや国語の問題です。亀博の映像のナレーションでも幕間(まくあい)を「まくま」と読んでいたり……。

また、中車さんが演じる予定の『ヤマトタケル』の帝は、確かにとてもいい役ではありますが、決して「準主役」ではありません。

いやいや、お練りの映像を放映してくれただけ感謝しなければならないのかな(-_-)
posted by 山崎達璽 at 07:44| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月07日

スーパームーン

supermoon.JPG昨夜は、通常の満月より大きく明るい満月、“スーパームーン​”でした。
ふと思い出したのが、ベルナルド・ベルトルッチ監督作品『シェル​タリングスカイ』。公開当時、中学生の僕には内容はさっぱり分か​りませんでしたが、ラストシーンで原作者が登場してこんなナレー​ションが入りました。得も言われぬ感覚が今でも強烈に心に残って​います。

人は自分の死を予知できず、人生を尽きせぬ泉だと思う。
だが、物事はすべて数回起こるか起こらないかだ。
自分の人生を左右したと思えるほど大切な子供の頃の思い出も、 あと何回心に思い浮かべるか? せいぜい4、5回思い出すくらい​だ。
あと何回満月を眺めるか? せいぜい20回だろう。
だが、人は無限の機会があると思い込んでいる。


本気で撮った写真を載せます。いろいろな願いを込めて(^_^)
Canon EOS Kiss X4/250mm/F8,1/250秒/ISO 100

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2012年05月05日

『椿説弓張月』四演目について思う

今朝の産経新聞に今月の『椿説弓張月』について、染五郎丈が「祖​父が三島さんと作り上げた作品」と言っていますが、果たしてどう​なんでしょう?
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/120505/ent12050507580008-n1.htm

初演時、出演俳優たちがたった数日の稽古の中、自分の引き出しだ​けで芝居を作り上げていく様に三島氏はひどく落胆したようなこと​を言っていたと聞きます。だからこそ氏は文楽上演を熱望していた​とか。

そして再演時は堂本正樹氏が『演劇界』の劇評でコテンパンに貶し​ています。
「フィナーレの『運天海浜宵宮の場』の幕切れの引っ張りの見得で​、(初演の)白鸚は弓を頭上一文字にかざし、手綱を絞った拳を胸​に持って来た。『橙々の見得』である。……折角白鸚が若い時発掘​した型が滅びるのは惜しいと、この幕切れに応用したのだ。すると​弓張月を兜の立て物にしたようで、独特の美しさだった。今回幸四​郎がこの型を踏襲しないのは、理解に苦しむ。
……この引っ込みが宙乗りでないのも、おかしい。当時は技術的に​実現出来なかったに過ぎず、『アラビヤン・ナイト』のルフ島でも​妥協した三島氏の夢が、可能となった今何故実行しないのか。猿之​助の後塵を拝するのは癪だでは、派閥意識である。この幕切れ程、​宙乗りの必然性のある場面はない」

滅びの美学のテーマを一貫させ、難解で破綻している全体像を分か​りやすく整理して筋を通し、さらに幕切れを宙乗りにした三演目は​いまだ僕の中で最高傑作です。
posted by 山崎達璽 at 09:58| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月30日

四代目猿之助の『ヤマトタケル』

僕は高校生の頃から20年以上歌舞伎を観続けているので、同世代​のファンの人たち(浅草がきっかけになった人たちが多いと思います)とは、正直、ジェネレーションギャップがあります。
いまだ仁左衛門さんは大河の後醍醐天皇がハマった「孝夫」、勘三​郎さんは今をときめく花形の「勘九郎」のイメージなんです。
もちろん、三代目猿之助さんへの愛をどれだけ語ってもなかなか分​かってはもらえません。いわゆる猿之助歌舞伎を亀治郎がやると、​「亀まつり」と揶揄される声もよく耳します。三代目が活躍するよ​うに構成されたのですからそりゃそうです。他の人がやると、ニン​じゃなくなる部分も出てきますよ(-.-;)

さて、最近『ヤマトタケル』についてよく聞かれます。「どんなの​?」と。
僕は初演は観ていませんが、2演目と右近さんと段治郎(現・月乃​助)さんのを観ています。
『ヤマトタケル』は非常に男臭い大河ロマンです。男性の魅力がプ​ンプンのご自身が「人生の啖呵」だと言っているように、ヤマトタ​ケルの役には三代目猿之助の生き様や人生観や美意識が投影されて​います。そのものと言ってもいいかもしれません。ですから、あの​役が出来るのは後にも先にもただ一人だと思います。
確かに四代目のヤマトタケルも観てみたい気がします。が、今はま​だ三代目の思い出と寄り添っていたいと思います。
posted by 山崎達璽 at 09:52| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月12日

氷室がBOØWYを歌ったのであって、BOØWYが復活したのではない……

50歳のおっさんに心底痺れた。ずっと夢見心地でほとんど記憶がない。36年の人生でこんなの初めての経験かもしれない……そう、今日は待ちに待った東京ドームでの氷室京介の全曲BOØWYライヴ。氷室の声でBOØWYが聴ける日が来るなんて夢のまた夢だった。

10代の僕が最も影響を受けたアーティストは坂本龍一とBOØWYだ。
BOØWYを知ったのは中学2年なので、ちょうど解散した時だ。このバンドのすごいところは頂点に立った瞬間に解散したので、それからだいぶ人気が続いた。だから僕はその残り香を嗅ぎまくって熱狂していたのだ。


さてさて……
まず開演に先立ち、観客が震災の犠牲者に黙祷を捧げた。5万人を超す人々が静まりかえる瞬間ってすごい(そうだ、僕らはまだ震災のまっただ中にいるのだ)。

そして17:10ぐらいだろうか、いよいよ50歳の氷室が登場!
オープニングはDREAMIN'。「B・BLUEだったら失神どころか失禁するかも」なんて言っていたが、DREAMIN'のイントロから頭がポーッとしてしまって記憶が定かではない。

セットリストは以下の通り。

1. DREAMIN’
2. RUNAWAY TRAIN
3. BLUE VACATION
4. ROUGE OF GRAY
5. ハイウエイに乗る前に
6. BABY ACTION
7. JUSTY
8. Welcome To The Twilight
9. BAD FEELING
10. "16"
11. LONGER THAN FOREVER  
12. MEMORY
13. B・E・L・I・E・V・E
14. 季節が君だけを変える
15. B・BLUE
16. MARIONETTE
17. PLASTIC BOMB
18. DOWN TOWN SHUFFLE
19. BEAT SWEET
20. RENDEZ-VOUS
21. ONLY YOU
22. IMAGE DOWN
23. ON MY BEAT
24. ホンキー・トンキー・クレイジー
25. NO.NEW YORK

CLOUDY HEARTとわがままジュリエットがなかったのが残念だが、でもでも、この2時間25曲は凄まじかった。
観客層は30-40代限定と言ってもいいだろう。しかも男性率高し。そして何となくのファンはいない。みんな熱狂的なBOØWY信者だ。だって全曲歌えるんだもん。布袋のコーラスも含めて(RUNAWAY TRAINとROUGE OF GRAYはちょっと怪しいが)。

舞台のモニターに映し出される中継映像がまたいい味を出していた。場面の分割や反転映像など、いかにも80年代のアナログなエフェクトを多用。いにしえの味わい。

現在50歳の氷室京介、すごい。
年齢ばっかり言ってしまうが、あの声、あの顔、あの体型、あの髪、あの体力……どれを取っても超人的だ。あんな神秘的な50歳はいない。
あの仁木弾正の鎖帷子みたいなパーカーが似合うのは他に仁左衛門さんぐらいでしょう。黒のタンクトップなんて、僕らが着たらただの裸の大将だ。
惜しむらくは、いつもの「come on say」がただの「come on」になっていたことか(苦笑)

MCで「これはBOØWYのコピー(バンド)だ」って言っていた。確かに氷室がBOØWYを歌ったのであって、BOØWYが復活したのではない。正直、もう一度BOØWYが観たいとも思う。が、やはり、そこは復活しないからBOØWYは美しくあり続けるのだろう。

氷室さん、ありがとう!
posted by 山崎達璽 at 23:58| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月12日

Twitterについて

Twitterをやりだして半年以上、このツールは僕の性分に見事にフィットしていると思う。

僕の性分とは……
まずは、常にクリエーターでありたい。とは大仰だが、要は、どんなことでもものでもいいから、絶え間なく何かを作って(表現して)発信していたい。
そして、常に誰かとつながっていたい。要は淋しがり屋だ。

今まさにこの二つの欲求を満たしてくれるのはTwitterだ。
posted by 山崎達璽 at 22:53| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月04日

おじとおいの関係

録画しておいた松緑の『達陀』、『伝統芸能の若き獅子たち』の亀治郎の回を観る。

後者は2010(平成22)年3月24日にオンエアされたものの再放送で、サブタイトルが「市川亀治郎 突っ走る歌舞伎の"異端児"」。異端児とはまさに市川猿之助のことだ。このドキュメンタリーは半分以上が昨年2月に博多座で掛かった『金幣猿島郡』のメイキングといっていい。
猿之助による『金幣猿島郡』の初演は1969(昭和44)年で、僕が観たのは1994(平成6)年10月の歌舞伎座である。筋立てがあまりに複雑で内容の記憶は薄いが、宙乗りや早替りはもちろんのこと、初めての両花道にえらく興奮した。久々に筋書きを見てみたが、小さな差込があって、段四郎・歌六が休演で、ただでさえ多い猿之助の役がさらに増えていた。大学1年生、まだ20歳に成り立ての僕はご大層なものを見せてもらっていたんだなあと思い出に浸る。
さて、このドキュメンタリーで一番面白かったのは、亀治郎の伯父・猿之助に対する眼差しである。おじとおいというのは誠に不思議な関係で、父親とも祖父ともひと味違った独特ないいものだ。亀治郎は伯父に対して愛があり畏敬があり尊敬がある。それが手に取るように分かる。どうみても二人は似ている。亀治郎は伯父を前にすると話したいこと聞きたいことがいっぱいのご様子。
実は僕も叔父とは多少なりそんなところがあった。叔父は怪獣映画と8mmフィルムが大好きで、興味津々だった幼き僕は、日曜日は叔父にベッタリだった。かといって、怪獣ごっこはしない。もっと大人な遊びをした。怪獣の雑誌を切り抜いてスクラップブックを作ったり、プラモデルを作ったり、8mmカメラで撮影をしたり、映写機でスクリーンに映し出して部屋をミニ映画館してみたり……。叔父と話す亀治郎の気持ちがよく分かる。この刹那をめいっぱい堪能したいのだ。

久々に猿之助の姿を見た。もう復帰はないのだろうなあと思ってしまうような衰えようだった。忘れもしない、高校2年生の時に猿之助のスーパー歌舞伎を観たのが全てのきっかけだった。映画監督の道は目指していたと思うが、もしあの時中日劇場の客席に行かなかったら、今のようなスタイルは生まれていなかっただろう。「三代目市川猿之助」という存在は僕にとってもあまりに偉大だ。
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2011年01月02日

謹賀新年

image/2011-01-02T07:52:13-1.jpgあけましておめでとうございます。
みなさまにとって希望に満ちた一年になりますようお祈り申し上げます。

さて、元日は温泉宿にて食う寝る遊ぶしながら一年の計に勤しみました。本年は、こんな多難な時期だからこそ、常に「飄々と」「軽妙洒脱」を心がけて生きていこうと思います。
そして、『宮城野』が完成して早3年。いい加減に次の作品の産声が聞こえないと、世に忘れられることは必定です。今、頭にある大小・硬軟、数本の企画を、せめて胎動を感じられるよう頑張っていきたいと思います。

山崎達璽事務所、現代人のための時代劇ワークショップ「JIDAI座」ともども本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

皇紀二六七一年
平成二三年
山崎達璽
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2010年12月31日

皇紀2670(平成22)年を振り返って

とやかく言っているうちに大晦日。今年、皇紀2670(平成22)年の自分を振り返ってみる。

今年を一文字で表すなら、まずは「貧」。そんなことをぼやいてもしようがないが、やはり今年は人生で最貧。この不況、映像を含めてエンタメ業界には厳しいっす。言ってしまえば、エンターテインメントなんてなくても生きていけますからね。年末はさらに厳しいなあ。頼みの綱は還付金。早く源泉徴収票を送ってください!
もう一字は「呟」。他でもないTwitterのことだ。確か夏ぐらいにアカウントを取って、最初は誰にも知られずにしょうもない下ネタなんかをつぶやいていたのだが、ふと学生に発見されてからだんだんと広がっていき、気づいたらフォロワー120人。いまやしっかりとコミュニケーション・ツールであり、ビジネス・ツールになってしまった。ほぼリアルタイムの情報発信基地であることは間違いない。素晴らしい出会いもたくさんあったりで、こういうマメなツールは僕の性に合っている気がする。

今年は、いや、今年もまた喜怒哀楽いろいろあり、どん底もあれば有頂天もあった。痛感したのは、この世とあの世の境なんて襖一枚もないということ。あの世への入り口なんて、ちょっとしたことで口を開くし、些細なことで向こう側に足を踏み入れてしまうものだと思った。

連休ぐらいから過敏性腸症候群が始まり、ずっと悩まされていた不眠症も悪化。自律神経失調症と診断される。酷暑のころはどん底だったが、秋口から徐々に回復、おかげさまで今ではすっかりよくなった。

不眠症じゃない監督なんて、日本にいないですよ〜

後輩の演出部から聞いた一言。彼女は何の気なしに言っていたようだが、これには本当に救われた。今年は応援団の人たちからたくさんのお言葉をもらった。ありがとうございました。

と、徒然なるまま、きりがないので、これぐらいで。
来年も頑張っていきますので、みまさまどうぞよろしくお願いします!
posted by 山崎達璽 at 10:18| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月25日

『メトロポリス』(27)

SF映画史に燦然と輝く歴史的名作『メトロポリス』(独)。完成したのが1927年。日本公開は1929(昭和4)年。完成時は150分ぐらいだったと言われる。しかし興行が危ぶまれ、その後、内容はズタズタに再編集されてしまった。
後年、フリッツ・ラング監督は「なぜみんな、あの映画に執着するのかね。もはやどこにも存在しないのに」と語ったとか。この言葉ほど『メトロポリス』の魅力を如実に表したものはない。もはやその完全版は存在しない。だからこそ人々は『メトロポリス』を追い求めるのだ。

僕がこの作品を初めて観たのは1985(昭和60)年1月。小学4年生の頃だ。ジョルジオ・モロダーが復元・再編集して前年に米国で公開された。この、いわゆる「モロダー版」は全編に着色が施され、フレディ・マーキュリーらによるロックのサントラが乗せられている。僕が初めて一人で映画館で観た映画がこれだ。その時はただSF映画として楽しんでいた(?)と思うが、中学の頃にたまたまレンタルビデオ店で見つけて、それから異常なくらい執着し始めた。
まずサントラを買った(これが初めて買ったCD)。続いて新翻訳で刊行された原作本を買った→1988(昭和63)年。それからしばらくしてLDまで手に入れた。
現在では音楽の版権の問題でDVD化は不可能と言われている「モロダー版」はサイレント映画の良さを損ねたとの評価もあるが、この作品の存在価値を世に知らしめた功績は大きい。

時は流れ、2001(平成13)年のベルリン国際映画祭で、新たに発見されたフィルムをもとに改めて復元作業とデジタルリマスターを施したヴァージョンが上映された。サントラも初公開時のものになり、ほぼ完全とまで言われた。2003年に米国でDVD発売。僕の蒐集癖は日本版の発売を待てずに米アマゾンで購入(日本では2006年に発売される)。

これで終わったかに見えたメトロポリス伝説だが、つい最近アルゼンチンでまた別の16mmプリントが発見された。修復を試みたらしいが、あまりに状態がひどく断念。2001年のデジタルリマスターに欠損した部分だけ挿入する形で再編集が施される。そして2010年、「完全復元版」としてDVDとブルーレイが発売される(日本ではブルーレイのみ)。
何も高い出費をして日本版ブルーレイを買うこともないので、円高の今のうちに米アマゾンで購入。さっそく観たが、挿入されたシーンは確かに雨ザーザーでフレームも小さい。が、これで完全体が観られたと思うと感無量。……かな? また新たな発見があるんじゃないのかな? どこまでもロマンを追い続ける一映画マニアのうんちくでした。
posted by 山崎達璽 at 18:02| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月22日

ハッピーホリデーズ!

人種のるつぼであるアメリカでは、クリスマスイヴからはじまる休暇には「ハッピーホリデーズ」という挨拶を推奨しているとか。宗教の多様性に「配慮」するというより「対立」を避ける意図だろう。あ〜血の臭いがする。
日本ではなかなかそんな挨拶はしないが、今年は「ハッピーホリデーズ」をガンガン使っていこうと思う。
まず23日が天長節。いわゆる天皇誕生日だが、ホリデーズのはじまりが今上陛下がお生まれになった日だなんて、なんという美しさか。続いてクリスマスイヴとクリスマス。キリスト教のお祭りでもいいじゃないか。日本人は神仏習合の歴史の方がはるかに長い多神教の民族なのだから。そして正月を迎えるのだが、ほとんどは神道にゆかりのものだ。
と、12月23日にはじまり1月3日ぐらいまで、極端にいうと宗教の多様性をお祝いするホリデーズなのだ。アメリカよりももっと平和的に「ハッピーホリデーズ」と言える。これは美意識以外のナニモノでもない。やはり日本人は素敵だ。
posted by 山崎達璽 at 23:46| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月11日

『トイレの神様』

遅ればせながら、植村花菜の『トイレの神様』は名曲だ。泣きそうになってしまうので、なかなか電車では聴けない。

僕には3人のおばあちゃんがいる。まずは父方と母方。この二人は健在だ。
そして2000年に享年100で亡くなった母方の曾祖母。僕にとっておばあちゃんというとまず浮かぶのはこのおおきいおばあちゃんだ。長唄が好きで、晩年までタバコをふかしていた小粋な人。『勧進帳』は幸四郎がいいとよく言っていた。

おばあちゃんはいつも全肯定だ。それにいつも無償の愛を注いでくれた。
posted by 山崎達璽 at 11:52| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月16日

フィルムメーカーでありたい

kyoto- (14).jpgかくして新京極映画祭での『宮城野<ディレクターズカット版>』関西御目見得上映が無事終了した。こんなに楽しい素敵な思いをさせていただいて、まさに映画監督冥利に尽きる。井上先輩を始め、映画祭スタッフの皆さん、ありがとうございました。そして劇場に足を運んでいただいた御見物の皆様、感謝至極です。心より感謝申し上げます。

さて、祭りのあと。
映画監督としてもっとも幸せを感じる一瞬が終わると、まさに祭りのあとの寂しさ、それに虚しさが襲ってくる。映画祭のスタッフと仲良くなって、「来年も遊びに来てください」と口々に言われる。とっても嬉しいしありがたいのだが、映画監督としてはただ遊びに来る訳にはいかない。新作を携えて映画を観せに来たいのだ。つまり参加ではなく、フィルムメーカーとして招待を受け出席したいなぁと。

映画を作るのはつらい。そうそう撮れるもんじゃないし、貧乏になる。でも作り続けなければいけないのが宿命。
「撮り続ける」ことは亡き緒形拳さんとの約束だ。
誰の言葉か「監督と泥棒はとり続けなければならない」とはよく言ったものだ。
posted by 山崎達璽 at 18:45| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都の夜

今日は関西の知人が何人か観に来てくれた。
ロビーでの挨拶を終えて、俳優養成コースの教え子の女の子二人とお茶へ。4年ぶり。出会った頃は20代前半だったのが、今やアラサー。時が流れるのは早いなあ。
いったんホテルに帰って普段着(洋装)に着替える。
続いて歌舞研で仲良しだった同期と軽く一杯、二杯。僕に古典芸能の魅力を教えてくれた一人だ。「たっちゃん、変わらんね」とは嬉しい。彼とは8年ぶり? 人生いろいろだ。
21:30からは新京極の居酒屋で映画祭スタッフと反省会という名の飲み会。店に入ると、非常に若い女の子グループが。あれ、今日は貸し切りでは? この商店街にゆかりのダンスヴォーカルグループ「BRIGHT」(エイベックス所属)のメンバーだった。う〜ん、可愛い。
0:00を回ったあたりでまずはお開き。井上さんがうちの事務所メンバー3人を祇園へ連れて行ってくれる。といってもおねえさんのお店ではなく、「いそむら」という洋酒居酒屋へ。マスターのいそやんこと礒村遜彦さんは知る人ぞ知る芸能通。歌舞伎、映画、落語……の生き字引だ。馴染みは勘三郎さんや北大路欣也さんやら。映画と歌舞伎の話で盛り上がり、気付いたら2:00近く。明日もあるので、今日はお開き。

今日の名言
映画は、映すのはええけど、撮ったらあかん。(新京極「左り馬」井上家家訓)
posted by 山崎達璽 at 02:05| 筆のすさび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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