2006年09月05日

世界でもっとも美しい

060905.jpg9/9から恵比寿ガーデンシネマで開催される特集上映「溝口健二の映画」の試写会として、珠玉の名作『雨月物語』の上映があった。 
21:40からというなかなか乙な時間。上映に先立ってお詫びのアナウンスが。ニュープリントが間に合わなくて、現存の状態がいいものでご勘弁をと。これにはがっかりしたが、ただで入ってるわけだし我慢我慢。 
 
恥ずかしながら、ボクは溝口作品をスクリーンで観たのは初めてだった。いやあ、まさにうっとり。キャッチコピーにあるように、“世界でもっとも美しい”映画だった。


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2006年08月07日

『あかね空』

試写会に呼んでいただいた。 
ビデオの画質は時代劇にはなかなか馴染まないもんだなぁ。
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2006年07月25日

『ゆれる』

今年度のカンヌに日本からはただ1本の出品となった『ゆれる』。 
素晴らしいの一言に尽きる。もう一度スクリーンで観よう。DVDも買おう。
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2006年06月17日

今週観た映画

『トリック劇場版2』 
ちょっと食傷気味。 
 
『グッドナイト&グッドラック』 
これは名作。
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2006年06月09日

またまた『寝ずの番』

またまた『寝ずの番』を観てしまった。月曜日に観て、その週の金曜日にまただからこれは我ながら大したもんだ。間延びした雰囲気はある映画なので、さすがに今日は後半1/3ぐらいはウトウトしてしまった。 
今日は清元の人と観たのだが、劇中でホントに三味線を弾いてるところはなかったという。僕は堺正章あたりはホントに弾いて歌ってるのかなと思ったのだが、やはり音がよすぎるらしい。なるほど。 
この映画「R-15指定」だけど、10代には分からないでしょう。「R-30」ぐらいかな。 
 
今週は映画三昧。『寝ずの番』のほか、『花よりもなほ』『LIMIT OF LOVE海猿』と。暇人と思われても仕方がない。
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2006年06月05日

『寝ずの番』

先日、とある長〜いミーティングの終盤、あるプロデューサーが「団塊」の世代を「男根」の世代と言い間違えた。重苦しい場の雰囲気は一気に和んだ。 
世の中、そんなもんだ。ボクだって、偉そうに日本人の美意識とか声高に主張してても、どうせお下劣な人間だ。 
「どうせこの世はち↑ことま◎こだ」って誰かが言ってたけど、今日観た『寝ずの番』はまさにそういう映画。 
歌舞伎で三味線の音に合わせることを「糸に乗る」という。この映画は、全編、糸に乗って男性器と女性器の俗称を連呼するだけの2時間だ。嫌いじゃない。 
技術を駆使したスケール感はない。テレビサイズの小品だ。いやテレビじゃ放送できないか……。テンポも今一つ。でも、ぬるりと光る輝きをもった怪作だ。
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2006年05月22日

『ヨコハマメリー』

ボクが感じるに、横浜出身者はやたらとヨコハマを誇る。ハマの友人は結構いる。それに、正にハマッ子というべきヨコハマ映画祭の関係者の知り合いも多い。彼らと接しているとやたらとハマを自慢げに語る。“やたら”とか“自慢げ”とどうも悪意のあるようだが、そんなことはない。なんというのだろう、開港以来のハイカラと独特の猥雑さがそう言わせるのか……。 
 
さて、そんなヨコハマの伝説の娼婦・ハマのメリーさんのドキュメンタリーを観た。これが噂通りの傑作。小口絵理子が褒めちぎってたのもうなずける。まさに人間賛歌。メリーさんを軸に、ちょっとアウトローを生きるハマッ子たちを徹底的に掘り下げる。時には本線(メリーさん)から脱線してしまうのだが、それもまた心地よく、絶妙のタイミングで本線に戻る。 
 
ラスト、メリーさんがヨコハマを去って、どこぞの老人ホームに行った。親友のゲイのシャンソン歌手・永登元次郎(末期ガンに冒されている)は彼女を訪ねて、慰問ステージで『マイウェイ』を歌う。これが泣ける。『スワロウテイル』の時も泣けだけど、今度ももっと泣けた。 
そして、もう絶対に姿を見せることはないと思ってたメリーさんが映し出される。じっと元次郎の歌う姿を見ているメリーさんは、もはや白塗りではない。だけどちゃんとうっすらメイクをしてて、それがとっても可愛い。しゃくれ加減もまたお茶目。そのメリーさんのアップがずっと映っているのだが、もう涙が止まらなかった。 
 
素晴らしい映画でした。また横浜が好きになりました。ヨコハマ映画祭で上映するのかな? したのかな? 
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2006年05月20日

『ダ・ヴィンチ・コード』

本日『ダ・ヴィンチ・コード』を観にいそいそとお台場に出掛けた。なんでも渋谷では渋東シネタワーから井の頭線の改札まで列ができていたとか。メディアージュは全席指定の上、今日のボクはリザーブシートだ。 
 
まずはこれからこの映画を観る人に向けてアドヴァイスを。 
「事実に基づいている」で始まる小説に対して、映画は「フィクションである」で終わる。そのスタンスで明らかなように、映画は映画、小説は小説、それを比べてどうこう言うのはナンセンスだ。だがしかし、この映画を観る上では、文庫版の上の前半までとガイドブック的なモノを読んでおくことを勧める。そうでもしないと世界観について行けずに訳も分からず2時間半が過ぎ去ってしまうだろう。 
 
さて、さんざん賛否両論は耳にしたが、ボクとしては非常に見応えのある素晴らしい作品だったと思う。難解ではあるが、あれだけ深遠なテーマをよくぞここまでエンターテインメントに仕上げたなと感激した。 
ただ、気に掛かったのは撮影かな。合成や特撮などCGを多用しているので、全編デジタル撮影をしたと思われるのだが、やはりロングショットが薄くて力がない。さらにせっかくホンモノのルーブル美術館で撮影しているというのに、この映像の雰囲気ではどうもその良さが伝わってこない。名画の数々もなんだか陳腐に見えてしまう。ベルトルッチの『ドリーマーズ』の方がよっぽどルーブルのロケーションの素晴らしさが堪能できた。「食べ物はフィルムが一番美味しく見える」というが、ルーブルもやはりそうなのか。それと、うーん、どうもピンぼけが多いように思うのだが……これはデジタル撮影の問題じゃない! 
 
トム・ハンクスがフォレスト・ガンプに見えてしまって教授に見えないのはボクだけか。
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2006年04月19日

『プロデューサーズ』

060419.jpg大評判の『プロデューサーズ』を観に行く。ボクはミュージカルは苦手なのだが、案外楽しめた。『オペラ座の怪人』は今ひとつだったが、『CHICAGO』とこれはそれなりに胸躍った。ユマ・サーマン、綺麗だった。さすがにアップは小じわが目立ったけど、でもやっぱ色っぽいぜ。 
しかし下ネタが多い。レディス・デイだけあっておばさんでいっぱいなのだが、みなさん、下ネタに受けすぎです。 
 
資生堂マキアージュのCMの曲、すごく気になってた。昔の洋楽だろうと思っていたのだが、いやいや。山田タマルというアーティストのデビュー曲『My Brand New Eden』であった。リリースは4/5。今日さっそくレンタルした。
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2006年04月13日

『憂國』

060413.jpgキネカ大森で開催中の『三島由紀夫映画祭2006』に行ってきた。そりゃもちろん幻の『憂國』を観るためだ。僕は海外で出回っている海賊版DVDを持っているので、テレビモニタで観たことはあるのだが、フィルム上映をスクリーンで観るのはこれが初めてだ。三島先生の割腹自殺後、遺族の意向で回収処分された(実際は演出の堂本正樹先生宅と海外に何本がプリントが残っている)と言われるこの作品、まさかスクリーンで観られるとは思ってもみなかった。 
上映が始まり「東宝マーク」が映し出される。そして巻物を繰る手が映るのだが、もうそのモノクロの濃淡の微妙さだけで大感激だ。これはフィルム上映でしか決して味わえない。 
あとはただただ28分間感動の嵐。身体が震えた。決してウェルメイドではない映画だが、そこに込められた三島先生堂本先生をはじめとする全スタッフ・キャストの思いが押し寄せてくる。 
上映終了後、後ろの席で涙を流しながら動けなくなっているご婦人が二人いた。真に魂が込められた作品は40年の時を超えてもまったく色褪せない。いや、今だからこそ鮮やかに眼前に迫ってくるのだ。
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2006年02月21日

映画を2本

『ミュンヘン』を観た。さすがにずしりと見応えのある作品。スピルバーグゆえのメッセージ性の押し出し方には説教臭さを感じたが、絶対今観るべき名作。いかんせん長い。おしっこが保たなかった。 
 
次に『サイレン FORBIDDEN SIREN』を観た。ラストのオチは『箪笥』を彷彿とさせる。評判はよろしくないが、僕はそれなりに楽しんだ。
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2006年02月16日

『Mr.&Mrs. スミス』

お互いの正体を暗殺者と知らず、すれ違いの生活を送る……と言うところまでは楽しめたが、それ以降のドンパチにはちょっと飽きてしまった。ブラピが友人の田淵クンにそっくりだった。
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2006年02月06日

『博士の愛した数式』

また素晴らしい映画に巡り逢った。 
僕はずっと数学が嫌いで、大の不得意だった。だからこの映画のタイトルの「数式」と聞いただけで、いやーな気分になってしまう。それから、数学の大家に限って、数のロマンとか、そういう情緒的なことや感性のことを話すのは何でなんだろうか……。 
まあそんなことはさておき。この映画、全編を貫くのはゆったりとした優しい時間。寺尾聰の演技は絶品。ものすごく自然に見えるのは、僕の演出論からいったら究極に作り込んだ演技をしているのだ。存在感がハンパじゃない。深津絵里も浅丘ルリ子も吉岡クンもみんないい。ここまでバランスのとれたキャスティングは近年稀に見るのではないだろうか。 
小泉監督の演出も巧みだ。2ショットのロングをポジションを変えてつなぐあたりは黒澤的だ。 
大変いい映画でした。
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2006年02月02日

『フライトプラン』

珍しくコテコテのハリウッド映画を観た。予告篇の面白さに惹かれたからだ。 
うーん、正直それが裏目に出た。前半から中盤は予告篇のまんまで退屈。後半、種明かしがされてから延々とジョディ・フォスターと犯人の対決が続き、退屈なまま終わり。もちろんラストは予定調和。いかにもハリウッド的な大味な出来。 
 
この映画、予告篇を観ずに、飛行機の中で観たら相当なスリルが味わえて最高かも。
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2006年01月28日

『THE有頂天ホテル』

文句なし。大傑作でしょ。 
 
ボクは日本アカデミー賞会員なので、たいていの大きな映画館はただで入れる。名目的には審査である。というと、自慢?と聞かれるが、そんなことはない。年会費20000円払っているので、厳密にはただではないからだ。しかも監督協会会員の時点(年会費は36000円)で、ほぼすべての映画館は1000円なので、得かどうかは微妙なラインだ。 
さて、そのアカデミー賞会員だが、日曜祭日は特権は認められないとある。それ承知なのだが、土曜の今日、お台場のシネコンの受け付けで、「アカデミー会員証は土日はご使用になれませんので、次回以降はお気を付けください(今日は特例で入れてあげます)」と言われた。そんなことを言われる覚えはない。会員証の裏を見せて、「日曜がダメなことは知ってますが、土曜がダメとは書いてないんですけど!」と抗議。彼女はそれを確認すると、「あっ、はい」と事務的な笑顔をした。 
後で会員証を確認したら、「満員の際は入場をお断わりする場合がある」と。確かにこの映画、満員だったわ
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2006年01月03日

2005年に劇場で観た映画

<邦画> 
 
○松竹 
阿修羅城の瞳 
オペレッタ 狸御殿 
亡国のイージス 
忍 SHINOBI 
 
○東宝 
いま、会いにゆきます 
東京タワー 
ローレライ 
電車男 
NANA 
タッチ 
蝉しぐれ 
春の雪 
ALWAYS 三丁目の夕日 
 
○東映 
まだまだあぶない刑事 
男たちの大和/YAMATO 
 
○その他 
パッチギ! 
トニー滝谷 
真夜中の弥次さん喜多さん 
いつか読書する日 
姑獲鳥の夏 
運命じゃない人 
乱歩地獄 
大停電の夜に 
 
 
<洋画> 
 
○アメリカ 
オペラ座の怪人 
Ray 
きみに読む物語 
THE JUON 呪怨 
クローサー 
ミリオンダラー・ベイビー 
ザ・リング2 
チャーリーとチョコレート工場 
SAYURI 
 
○フランス 
ふたりの5つの分かれ路 
 
○その他 
僕の彼女を紹介します 
《愛の神、エロス》 
インファナル・アフェアIII 
スカーレットレター 
ヒトラー 最期の12日間 
親切なクムジャさん
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2005年12月30日

『SAYURI』

さしたる期待もなく観に行ったのだが……。日本の考証が可笑しいなんていう論議はさておきましょう。そこを言い出したら、合っているところなんてないですから。これはファンタジーなので。それよりなにより展開が冗漫で途中で睡魔が……。正直、いただけません。
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2005年12月29日

『男たちの大和/YAMATO』

051229.jpg予告編を見ただけで半泣きしてしまった『男たちの大和/YAMATO』を観た。大作映画にありがちな大味な部分はありつつも、まさにあっぱれ、戦後60年を締めくくるに相応しい記念碑的な映画だった。 
 
愛する人同士の別れのシーンに何度も何度も涙が出た。中でも僕が一番涙したのは、戦艦大和が米軍機に徹底的に攻撃されている俯瞰の画だ。東シナ海の洋上で炎上する大和は、一機の味方戦闘機に守られることなく沈んでいくのである。それがあまりに虚しくて悲しくて……。 
 
この映画、好戦的やら国粋的だとかいう批判をかわそうとかなり気を遣っていた。「天皇陛下万歳」という台詞はただの一度もなかった。僕はもっと堂々とやって欲しかったとも思う。戦後60年―愛するものを守るために戦火に散った幾多の尊き犠牲があるからこそ今日の平和と繁栄を僕らは享受できるのだ。 
 
そんな思いに駆られて、今日初めて靖國神社に行った。こんなおまんじゅうを買った。
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2005年12月19日

コートで覆いながら

051219.jpg今日はシャンテで『親切なクムジャさん』を、その後マリオンで『大停電の夜に』を観た。 
『クムジャさん』はグロテスクな描写に首を傾げるところもあったが、全体としてはまあまあの出来。こういう映像を新感覚というのだろう。 
『大停電の夜に』はあまりいい評判は聞かないが、僕としては大満足。『東京タワー』の源孝志監督のセンスは好きだ。そこに描かれる東京はまるでニューヨークだ。オーソドックスながら、ちょっと小洒落た感覚の映像でエピソードを紡いでゆく。音楽もジャズが随所に散りばめられていて、とても心地よい。 
 
ところで、『大停電の夜に』の上映中、隣のカップルがとても気になった。僕の右隣は彼氏で、その向こうに彼女が座っていた。中盤過ぎであろうか、彼女がおもむろに携帯を取りだして、コートで覆いながらメールチェックをしだしたのだ。コートで覆ってるあたり多少は気を遣っているのであろうが、やはり光が漏れるし、ゴソゴソされると隣の隣でも気になる。しかもそれが映画が終わるまで断続的に続いたのだ。僕はもちろんイライラしていたのだが、彼氏も相当イライラしていたようだ。デート中、しかも映画の上映中に彼女がたびたびメールチェックしてたら、そりゃ気になるでしょ。一体誰にメールしてるのか? なんだか彼の思いがひしひしと伝わってきた。 
 
上映中、他にも何か所で携帯が鳴った。僕も結構な携帯依存症だなと思っていたが、ここまで重症じゃないな。 
 
 
この映画のモチーフになっているのは、2003年8月14日のニューヨークの大停電だという。あの日のこと、僕はしっかり覚えている。7月にNYに行った直後だったので、ものすごく身近に感じた。朝起きてニュースでその情報を知って、すぐにNYの知人の携帯に電話したなあ。案外すぐに出て「大丈夫だよ〜」とお気楽だった。暗くなってからはだいぶ怖かったそうだが。
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2005年10月31日

『蝉しぐれ』の愛し方

昨日、お台場シネマメディアージュで再び『蝉しぐれ』を観た。これで映画の愛し方が6まで行った訳だ。次はDVDが発売されるまで、なかなかこの作品について語る機会はなさそうなので、最後にこれには感服した!と言うところについて書いてみたい。 
 
ラストの文四郎がおふくに会いに行くところである。おふくが万感の思いを託して書いた文四郎への手紙の描写。 
 
原作では以下のようにある。 
「……このたび白蓮院の尼になると心を決め、この秋に髪をおろすことにした。しかしながら今生に残るいささかの未練に動かされて、あなたさまにお目にかかる折りもがなと、箕浦まで来ている。お目にかかればこの上の喜びはないが、無理にとねがうものではない。万一の幸運をたのんでこの手紙をとどけさせると文言は閉じられ、文四郎様まいると書いてあった。……」 
つまり文四郎視点で手紙の内容が要約されている。 
 
映画では、以下のようにおふくのナレーションが入る。 
「一筆申し上げ候。私、この秋白蓮院に入り尼に成ることと相決め申し候。さりながら、今生の未練と存じ候へども、貴方さまに一度お会ひ致したく本日箕浦にまかり越し候。もしお目もじかなひ候はば、無上の喜びにて候へども決して無理申す儀にてはこれなく候。万が一つの幸ひを頼みに、この文参らせ候。ふく。文四郎さままゐる」 
 
この映画としての脚色は実に見事ではないか。要約として書かれた手紙を“復元”しているわけだが、なかなかここまでの名文は書けまい。感服しました。
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