2005年10月13日

『蝉しぐれ』

051013.jpgあまりに良かったので、まだまだ語りたい。 
 
黒土監督が何年もやりたいって持って回り続けた企画だという。数年前にも知人からそんな話を聞いたことがあった。執念の人だと。 
どうしてもこの映画がやりたいという思いはスタッフに通じ、ちょろっとずつ出演する大物俳優たちに通じ、そしてこんな名作に見事に結実したわけだ。 
 
公式サイトに、一青窈が「正しく生きることはむつかしい。しかし、ここにはその正しさが何よりも尊いのだと……」というメッセージを寄せていた。 
 
自分が正しいと思うことを貫くのは辛い。が、いつか結実させて見せましょう。


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2005年10月11日

執念の一作

『蝉しぐれ』を観た。いやー実に素晴らしい映画だった。同じ藤沢周平原作でも、『たそがれ清兵衛』とはまた違った趣だ(違う監督の映画だし、引き合いに出すのもいかがと思うが)。知人から黒土監督の話は聞いていたのだが、これはまさに執念の一作だと言っていい。奇をてらわない演出で2時間をしっかり見せてくれた。何度も涙が出た。いい時間だった。 
本編では流れないが一青窈の『かざぐるま』もまたよし。
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2005年10月03日

最近観た映画を2本

『チャーリーとチョコレート工場』 
ウンパ・ルンパは発想としては『真夜中の弥次さん喜多さん』の荒川良々だ。 
 
『タッチ』 
僕は漫画が読めない男なので、アニメしか観ていないので少々心配だったが、期待通りの秀作であった。キスシーンにこんなにドキドキしてしまう映画なんて久々だ。
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2005年09月14日

女性客でいっぱい

ふと暇になってしまったので、映画を2本観る。 
 
まずは『ふたりの5つの分かれ路』。『8人の女たち』のフランソワ・オゾンによる、あるカップルの姿を追いながら愛の謎を追う野心作である。うーん、流石である。作品のリズム感といい、緻密な演技といい、少々かったるいとことがあるが納得の一作。 
 
次に『NANA』。……。 
 
今日はレディース・デイである。両方とも女性客をターゲットにした作品である。『ふたりの5つの分かれ路』は大人の女性で、『NANA』は10-20代向け。当然、映画館は女性客でいっぱい。30歳(もうすぐ31歳)男一人はちょっとつらい。
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2005年09月07日

『いつか読書する日』

050907.jpgふと暇になったので、前々から気になっていた『いつか読書する日』を観た。今朝の新聞によると、モントリオール世界映画祭で審査員特別賞したとか。 
いぶし銀のようなこの作品、確かによくできていた。が、中年男女の不器用な恋はさすがに30そこそこのボクにはピンとこなかった。 
 
写真は今日収穫した胡瓜。どこかの神社のご神体ではありません。
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2005年08月07日

『ヒトラー〜最期の12日間〜』

『ヒトラー〜最期の12日間〜』を観た。上映時間2時間半あまり、ずっしりと見応えのある映画だった。ヒトラーの人間的苦悩を正面から描いた映画は初めてだという。その視点は女性秘書を中心にしつつもその他の人物も入ってくる。しかもそれは常に冷酷なほどクールだ。ステディカムを多用したキャメラワークと相まって、歴史の一ページをのぞき見しているような錯覚に陥る。観ていて辛くなってくるのだが、それがこの映画の意図だ。非常に緻密に演出された傑作といえよう。
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2005年07月04日

『ミリオンダラー・ベイビー』

僕は昔からどうも格闘技が苦手だ。だからこの映画は入りづらかったのかもしれない。 
 
何度も予告編を観た。途中で無音になる間を入れてみたり、とても音楽の使い方が上手かった。しかし、今思うと、予告編というよりダイジェスト的な作りだった気がする。アカデミー賞を受賞したこともあり、前評判もさんざん聞いた。だからその予告編と前評判でもう充分という感じである。 
 
さてさてそんな愚痴はさておき。うーん、作品としては可もなく不可もなし。展開が分かり切っているので、ファイティング・シーン以外は終始ダラダラする。クリント・イーストウッド(しかし、老けた)とモーガン・フリーマンの役所が似通っていて、どちらかが要らないと思った。 
 
この映画のテーマは安楽死と尊厳死の問題である。自殺幇助になるか否か、そんな話題を良く聞く。確かにこれは気になる。僕は父方の祖父と母方の曾祖母を亡くしている。やはり最期は安楽死やら尊厳死のことを考えた。医学の進歩の中で、どうにも取り組まざるを得ないことである。うーん、だめだ。暗くなってきた……。
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2005年06月30日

『砂の器』デジタルリマスター版

この映画が公開されたのは、僕が生まれた1974(昭和49)年だ。僕はこの映画を観るために生まれてきたのかもしれない。 
 
松竹マークが映し出され、映画が始まる。始まってすぐに気付く。なんだこの映画の厚みは。丹波さんが駅前の定食屋で食べてる安っぽいご飯すらもとても美味しそうに見える。すべてに魂がこもっている。うん? そんな言葉でいいのか。とにかく始まってすぐに感じる映画の完成度の高さには度肝を抜かれる。同時に、僕が大学時代に習った先生(川又昂キャメラマンら)は松竹の出身の方が多かったのもあるのだろう、作品の雰囲気がとても心地よい。スッと物語に入っていける。その後のあまりにも有名な展開についてはここに記すまでもないだろう。 
 
思うに、文明は時の流れに比例して進化していく。しかし文化は必ずしもそうではないのだ。芸術においては刀と陶芸と人形はすでに完成されたものだと言われる。映画についてもそうなのかもしれない。もちろん、メカニカルな部分では進化はするだろう。しかし監督による演出については、もう充分に完成されていると思えてならないのである。 
『砂の器』を観終えて、一瞬だけ、もう監督を続けていくのが嫌になった。これを超える映画ができるのだろうか……。そうだ、僕は「女性を描く」ことにはちょっとだけ自信がある(かな)。この点だけだったら、少しは張り合えるかもしれない。主人公の浮気相手の高木理恵子(島田陽子)の描き方だけはどうにも安直だったので
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2005年06月27日

どうでもいい映画を2本

どうにも煮詰まってきたので、どうでもいい映画を2本観てきた。 
 
まずは『THE RING 2』。僕は一連のこのシリーズのファンだ。呪いとか怨念とか、そういう日本の土俗的な恐怖を科学的に展開させるという意図がとてもいい。傑作は中田秀夫監督の日本版『リング』だろう。ラストのテレビ画面から貞子が出てくる描写なんて、その後のホラー映画の幽霊描写に決定的な影響を与えている。 
さて、このハリウッド版だが、前作『THE RING』は、日本版をなぞってはいるものの全然良くなかった。そして2だが、まったくダメ。ひどい駄作。巨乳ギャルもお色気シーンもなく、これじゃあ3流ホラー以下だ。呪いのビデオはオープニングで申し訳程度に出てくるだけ。夢の中だけはサマラに襲われないと、まるで逆『エルム街の悪夢』状態だ。土俗的な恐怖と理論的解決がまったくなされていない。恐怖描写も食傷気味だ。中田さん、良くこんな仕事したよな。 
 
次に『電車男』。意外に泣けると話題だが……。僕は全然だった。すさんでいるのかな。確かに企画はいい。中谷美紀や木村多江もいい味を出していてとってもいい。脚本もまずまず。 
じゃあ何がダメ? それは即席感が否めないことだ。とにかく完成を急いでいる。もっと面白い見せ方があったんじゃないか。まあそれは言い出したらキリがないが……。アフレコがよくない。もっと時間掛けないと、同録との落差が激しい。24Pからのキネコorフィルム・レコーディングももっとちゃんとカラーコレクトしないと。ネオンの滲みがひどい。小道具だって即席。試供品で配っている『メンズ・ウォーター』はもっとしっかり作り込まないと。いい企画なんだから、もっとじっくり作るべきだと思うのだが。
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2005年06月02日

『オペレッタ狸御殿』

待望の『オペレッタ狸御殿』を観た。見事に期待を裏切る面白くもなんともない作品だった。僕は往年の狸御殿ものの痛快さとバカバカしさが好きで何本か観ている。そりゃチャン・ツィイーが出てるなんて期待するよ。 
とにかくテンポが悪い。歌と踊りでノッてくると、ブッタ切って、延々とサイレントの画が続く。確かに清順らしいが、これじゃあまったくリズムに乗れない。ところどころ眠くなる。 
確かに監督のネーム・ヴァリューは重要だが、なんかもったいない。もったいない。
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2005年05月26日

『クローサー』

『クローサー』を観た。大物俳優が出てることによって、お下劣な会話劇がこんなにも魅力のある作品になるとは。俳優の存在感ってすごいな。 
「女々しい」って言葉は女性蔑視的で嫌いだったが、こういう映画を観ると、そういう意図じゃないんだなと思えてくる。単に男の方がよっぽどウジウジしててダメだという意味なんだろうなあ。
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2005年05月19日

『スカーレット・レター』

050519.jpg主演女優が自殺したと話題になった『スカーレット・レター』を観た。しかし、凹んだなあ。こんなに救いのないダークな映画は希有だろう。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』や『ドッグヴィル』や『リリィ・シュシュのすべて』の系統だろうか。 
演出的にはセンスの疑われる描写がチラホラ。容疑者を捕まえる場面はまるで「あぶ刑事」だ。あと選曲も。オチもどうかなあ。『箪笥』のようなハイセンスな韓国映画が増えてきただけに残念。 
とはいいつつも、完成度は充分だろう。酔っ払って愛人の部屋の扉を叩いて、奥さんが出てきた時の恐怖と驚愕なんて圧巻だ。とにかく全編俳優の演技には圧倒され続けた。 
 
くれぐれも、観終わってしばらくは立ち上がれないし、喋る気もなくなります。
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2005年05月03日

『インファナル・アフェアIII』

昨日はお台場のシネコンへ『インファナル・アフェアIII』を観に行った。僕はシネコンというのはほとんど行ったことがない。だいぶ前に福岡で『ナビィの恋』を観たのと、ニューヨークで、あれは……ただ入っただけか。まあいいや。昨日は連休の間の平日と言うこともあって、ガラガラだった。 
『インファナル・アフェアIII』は、期待ほどではなかったがまあまあ。作品の出来としてはIIの方が上かな。抒情感にあふれてた。今回はアンディ・ラウ演じるラウが妄想やら幻影を観てしまうのだが、この期に及んでそれをやるかなと少々疑問。これだけ男臭い映画の中で座り心地が悪いような気がする。 
結局このシリーズ、僕はIとIIIは劇場で、IIだけDVDで観たのだが、どうにも現像状態がよろしくない。色が薄くて発色が悪い。それにネガ傷も多い。DVDだとテレシネを頑張っているのだろう、ほとんど気にならないが。 
 
どうでもいいが、ウォン警部(アンソニー・ウォン)が痩せていた。台詞で『痩せました』とか言っていたが、設定とは関係がないのだろう。しかしこの人、石原裕次郎の物まねの「ゆうたろう(石浜裕太郎)」に似ていないか。友人にそれを言われてから、ゆうたろうにしか見えないのだが。
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2005年04月28日

『真夜中の弥次さん喜多さん』

『真夜中の弥次さん喜多さん』を観に行った。うーん、この映画はどうだろう。確かにどうやったら映像的に面白くなるだろうかと工夫は凝らしている。が、全編悪乗りの極み。特に弥次さんが死んでからの展開がグズグズ。何とも評価はしがたい……。 
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2005年04月26日

『愛の神、エロス』

今日はなんだか体調がすぐれないのだが、家にいてもダラダラしてしまうので、『愛の神、エロス』を観に行った。平日のBunkamuraのル・シネマはガラガラ。いかにも金を持っていそうな中高年がチラホラ。 
このオムニバス映画だが、ウォン・カーウァイの作品はさすがの出来。そのほかの2作品は尺を稼ぐためのような添え物。特に御年92歳になられるとかのミケランジェロ・アントニオー二の作品は訳が分からん。出来の悪い学生映画のような感じ。 
さてウォン・カーウァイの傑作だが、雰囲気はまんま『花様年華』だ。『若き仕立屋の恋』とは、いかにも女性ウケしそうな邦題だが、原題は『THE HAND』。非常に俗っぽくて品のない言い方をして申し訳ないが、内容を考えると、『手コキ』と訳した方がピッタリとはまるのではと思う。要はこの“手コキ”をきっかけにした若き仕立屋と高級娼婦のダラダラとして雰囲気モンだ。でもさすがはウォン・カーウァイ、こんなお下劣で、どうってことないネタでも魅せてくれます。演技、映像、音楽……何をとっても、その世界観にどっぷりと浸れてしまう。この1本のために1,800円はちと高いかな。
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2004年12月19日

続続続『ゴジラ FINAL WARS』

ご指摘があったのだが、モンスターXはハリウッド版ゴジラではないとのこと。これは僕のミスです。モンスターXは最後にゴジラと闘う、骨張ってて、まるで戦隊ものの怪獣みたいなヤツらしい。これが最終段階では変態して、キングギドラになってしまう。やはりゴジラの宿敵はキングギドラなんだな。
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2004年12月16日

続続『ゴジラ FINAL WARS』

東宝のマークに「TOHO SCOPE」の表記。旧シリーズのファンにはたまらない幕開けだ。そして、外国人キャストの台詞の吹き替え、というか当てレコ。これもレトロでいい。今どき外国人キャストが明らかに英語でしゃべっているのに、日本語の吹き替えがのっかって、普通に日本人と会話をしているシーンなんてない。日本語字幕なんて糞食らえだ。
あれ? そういえばケイン・コスギも当てレコだよね?
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続『ゴジラ FINAL WARS』

この映画は毒に満ちあふれている。
例えば白人の子供が怪獣フィギュアで遊んでいるのだが、開口一番「ダメなカメだなあ」と言って、ガメラと思われるフィギュアを暖炉に投げ込むのだ。これは珍品として知られる『宇宙怪獣ガメラ』(80)で、「さらばドジラ」と書かれた看板が倒れるシーンの逆パロディか。
それからなんと言ってもモンスターXだ。これはどう見てもハリウッド版ゴジラ。「このイグアナ野郎!」と罵られ、ゴジラに退治された後は「マグロの食い過ぎ」などとこき下ろされる。完全にハリウッド版ゴジラをこけにした描写である。

地球防衛軍は世界中に現れた怪獣を、秒で「クモンガが現れました!」「カマキラスです」「エビラです」などど呼んでしまう。普通ネーミングのいわれを説明する台詞があるのだが、そういうまだるっこしいことは一切ない。あっ一つあった。X星人である。伊武雅刀が地毛、いや地アタマのまんま演じているのだが、開口一番「地球の言語では発音できないからX星人を呼んでもらおうか」である。いやはや畏れ入った。
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『ゴジラ FINAL WARS』

『ゴジラ FINAL WARS』を観た。いやーこれは凄いことになってるぞ! まさしくファイナル・ウォーズ!! これを観終わること自体がファイナル・ウォーズだ!!!
過去のコラージュ? いやそれは褒めすぎだ。うーん、言葉が見つからないが、あえて言うなら、過去のシリーズ作と『マトリックス』と『幻魔大戦』と脚線美と綺麗なお姉さんと北村の能なしアクションのごった煮。いや、これは北村のヤミ鍋だ。
もうどうしよう、何から書こうか……。
まずはミニラだ。ゴジラシリーズが終わる最大の理由は、着ぐるみ怪獣映画の限界が来たからだという。だからこの作品では、極力着ぐるみ感をなくそうとしている。確かにそれはそれなりに成功していると言える。が、がしかし!! ミニラが出てくるのだ。それも人間大のサイズで。しかも泉谷しげると一緒に。アトラクション用並みの着ぐるみは、泉谷の運転するトラックににも乗ってしまうぞ!
火炎噴射の練習シーン。これは『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』(67)を彷彿とさせる。
そしてラスト、もうネタばれでいいや、ゴジラに破壊をやめるよう説得するミニラ。納得するゴジラ。これは『三大怪獣 地球最大の決戦』(64)のパロディか? そして、二人?二頭で泳いで帰って行く姿は涙なしでは観られない。(続く)
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