2005年09月12日

たまにはポリティカルな話も。

自民党支持一家に育った僕であるが、いざ選挙権をもってみると自民党にはどうも腑に落ちないところがあって投票には二の足を踏んだ。かといって野党第一党の、例えば民主党に投票したかというと、どうにも頼りなくて……(小沢一郎の自由党は当初は一本筋が通っていて好きだったが)。棄権するのも嫌だったから、結局いつも白票を投じてきた。 
そんな僕だが、一昨日の衆院選でははっきりと「自民党」「林じゅん(自民党候補)」と書いて投票した。 
 
今回の総選挙、民主主義の中でこれほど理に適ったことはないと思う。参議院には解散がないので、郵政民営化の信を問うために解散総選挙をする―実にシンプル。昨今マニフェストが流行だが、果たしてあんなに多くの耳障りのいい政権公約が実現するだろうか。いや、虚しい絵空事だ。 
小泉さんは「捨万求一」の精神で、これを郵政民営化の賛否に絞りきった。こういう政策についての間接的な国民投票は日本では初だが、外国では珍しいことではないという。 
小泉さんの信念にはやはり胸を打たれた。戦後60年、日本は曖昧さの中でなんだか上手くやってきた。しかし今やこの曖昧さは排除すべき時代なのかもしれない。 
 
かつて三島由紀夫は「このまま行ったら『日本』はなくなってしまうのではないか(中略)日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済的大国が極東の一角に残る」と言った。


posted by 山崎達璽 at 00:00| 保守派 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月16日

原作ものについて思う

それが小説であったり、漫画であったり、戯曲であったり。昔から原作ものの映画化というのは甚だ多い。この夏も何本もの原作もの映画が封切られ、いろいろ話題を呼んでいるのだが……。 
「原作読んでなきゃ分かんないよね」「よくあの原作を映像化したなあ」「小説の方が全然いい」「原作のよさが出てない」などなど。これは原作ものの宿命でもあるのだが、こんな評価が観客側からも作り手側からも出される。そしてその論議に花が咲く。 
「読んでから観るか。観てから読むか」だったか。かつて角川映画は原作ものをどんどん映画化して、日本における出版と映画のメディア・ミックスの先鞭を着けた。 
 
一観客であり、作り手の端くれとして思うのだが、僕はこのような論議は全くの筋違いだと思う。映画は映画であって、一つの作品である。純然たる映画としての評価をすべきではないだろうか。だから僕は何かの本が映画になるからと言って先にその原作を読むことはしない。まずは映画を観て、純然たる映画作品として評価するようにしている。
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2004年12月08日

血液型

血液型で人の性格をどうこういう番組が問題になってきた。科学的根拠がない。これがすべてだ。元来僕は血液型云々が嫌いだ。人間の性格は育ってきた環境に多分に影響されるものである。だいたいこんなことをいうのは日本人だけだ。だから僕は血液型の話題になるととたんに黙る。理由はあまりに馬鹿げているからだ。つまらん。
「O型っぽくないよね 」「A型っぽくない?」ならそれぞれの定義を正確に教えてくれよ。初対面でこういうことをいうヤツとは間違いなく仲良くなれない。
posted by 山崎達璽 at 00:00| 保守派 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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